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179 寸止め空手の被害者

「バーン!! がっはっはー! 1本や!」


 進介がこの学校に通い始めて6年、転校生以外で唯一同じクラスになったことの

ない男子が今年2組にいる遠野隼人だ。


 進介はその隼人のことが嫌いだ。


 理由は彼が「がさつ」だからである。


「バーン!! がっはっはー! 進介反応鈍いのう、また1本や!」



 隼人の実家は小学校近くの商店街を出てすぐの場所で空手道場を営んでいる。


 現在の師範は隼人の父であるが、いずれは長男の隼人が継ぐことになっており、

隼人本人もそのつもりでいる。


「バーン!! がっはっはー! 1本や!」


 休み時間や放課後、進介が廊下を歩いていると年に数回、突然隼人から顔面を拳

で突かれる。


 突かれると言っても隼人の拳が進介の身体に触れるわけではない。


「バーン!! がっはっはー! また1本や!」   


 隼人の家の道場では伝統派空手、いわゆる寸止め空手を生徒たちに教えている。


 試合では顔面には防具を、手にはグローブを付けて行われるのだが、学校でそん

なものを付けている生徒などいない。


 隼人は素手で素顔の進介に不意打ちで突きを浴びせるのだ。


「バーン!!」


 戸惑う表情の進介を見て高笑いをし、そして自ら1本を宣言する。


「がっはっはー! 1本や!」 



 進介が初めてこれをやられたのは2年生の時だった。


 休み時間に廊下を歩いていると突然斜め前にいた隼人から突かれ、そして1本負

けを宣言された。


 寸止めなので殴られてはいないが、言葉では表せない「不快感」が進介の心の中

に渦巻いたのは言うまでもない。



 その後、3年生になっても4年生になっても隼人による進介に対する年に数回の

不意打ちは続いた。


 進介は間違いなく隼人に舐められていたのだが、その間、進介は隼人の言う「1

本」の意味が理解できずにいた。


 看板のかかった家の前を何度も通ったことがあったので、隼人の実家が空手道場

であることは進介も知ってはいた。


 しかしクラスが違いほとんど話したことがなかったためか、隼人の言う「1本」

と「空手」が進介の頭の中で結びつかず、被害に遭うたびに「こいつはなにをやっ

てるんだ?」と訝しく思っていた。



 隼人は1年生の時のプールの時間に顔の長い進介を「きゅうり人間」と言ってか

らかったいじめっこグループの一員である。


 それ以外のメンバーとは2年以降仲良くなったのだが、隼人とは同じクラスにな

らなかったため今でも進介は彼のことが嫌いである。


 隼人の方にはそういう気持ちはないようであるが、もしかしたらいじめたという

事実さえも既に頭の中から消えているのかもしれない。



 2学期が始まると隼人が周りに聞こえるように盛んにあることを喧伝し始めた。


「俺たち世界チャンピオンだからな! がっはっは! 世界一だぞ!」


 休み時間にそう言って廊下で大はしゃぎをする隼人。


 がさつで学年一の嫌われ者だった隼人は、これによりさらに嫌われることになる

のだが、本人はそのことに気付かずに連日大騒ぎをしている。 


「世界一だってさ」

「なんの世界一?」

「空手。あいつの実家って空手道場だから」

「こんな普通の町に世界一なんているわけないよな」


 男子たちは隼人のことを嘘吐き呼ばわりした。


 嫌われ者の彼の言うことを信じる者などいなかったのだ。


「本当に世界一なんだぞ」


 教室の隅で隼人の陰口をたたいていた朝陽たちにそう言ったのは智子であった。 


「ともちゃん先生、ほんと? あいつ世界チャンピオンなの?」 

「そうだ。少年の部の団体戦だけどな」


 朝陽、蓮、進介の3人は隼人の言っていることが事実だと知らされ衝撃を受けて

いる。


「世界一って東京とかニューヨークとかにいるんじゃないの?」

「その感覚は子供っぽくてよろしい。だがな、オリンピックの金メダリストだって

全員東京や大阪の出身ではないだろ? この町よりももっと田舎出身の金メダリス

トだっているんだから、この町に現役のチャンピオンがいてもいいんだよ」


 朝陽たちはそれでもまだ信じられないといった様子である。


「空手ってやたらと分裂して協会が乱立してるんだよ。だから世界チャンピオンが

何人もいるんだよな。それに、もし海外にに天才空手少年がいたとしても来日しな

いと参加もできないからな。そういう事情もあるだろう」

「でも世界チャンピオンてすごいよな」

「そうだぞ。仮に参加人数が少なかったとしても、努力しないと1番にはなれない

からな。ちょっと映像見るか?」


 智子はスマホを出し、YouTubeの試合動画を3人に見せた。


「今年のはまだみたいだから去年の決勝の動画なんだけど、少年の部でもこのレベ

ルだぞ」


 動画では体育館で試合をする少年の姿が映し出された。

 

 防具を付けた選手たちは、ぴょこぴょことステップを踏みながらお互いの顔面を

突き合っていた。


「あ!」


 進介は映像を見て気付いた。


「どうした?」

「これ、ぼくがいつも廊下で隼人にやられてるやつです!」


 進介はこの時初めて自分が寸止め空手の被害に遭っていたことに気が付いた。


「廊下で?」

「そうです! あいつ年に数回、『バーン!』って言いながらぼくの顔をめがけて

突いてくるんです。あれ、空手だったのか……」

「バーン……」

「そうですよ。バーンって言って突いてきて、そのあと必ず豪快に笑うんです。意

味が分からなかったんですけど、空手だったっていうことが分かりました。でも、

意味は分からないなあ。廊下を歩いてるだけで、なんでいきなり突かれるんだ?」


 

 隼人が世界チャンピオンであるというのは事実であった。


 さらに動画を見ることで、進介の「なぜか隼人から突然廊下で顔面を突かれる」

という長年の疑問も解消された。


 智子はどうして進介がその疑問を隼人本人にぶつけなかったのかが理解ができな

いのだが、鬱陶しいやつとはできるだけ絡みたくないという進介の気持ちも理解で

きなくはないなあと思うのであった。

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