177 超音波キャー
土曜日の夕方、智子は買い物をするために駅前のスーパーへ向かっていた。
夏は暑さを避けるため夕方に家を出ていた智子だが、秋になり長袖を着る季節に
なっても家を出るのはやはり夕方だ。
その理由はずばり、「紫外線」である。
秋になり空から降り注ぐ紫外線の量は減っているとはいえ、ゼロになるわけでは
ない。
見た目が1年生だが頭の中は49才のおばさんである智子は、紫外線量の多い昼
間は避け、秋だろうが冬だろうが夕方に外出をするようにしている。
もちろん顔には日焼け止めを塗って。
智子が公園に近付くと、遊具の前に複数の見知った顔があることに気が付いた。
朝陽、蓮、陸斗、颯介、進介、いつものメンバーだ。
しばらくその場に立ち止り5人の男子たちに気付かれてないことを確認した智子
は、別の道を利用するために踵を返した。
気付かれると間違いなく話しかけられ、囲まれ、最悪の場合は遊びに誘われるこ
とになる。
ちゃっちゃとスーパーに行って買い物をして帰りたい智子にとって、学校の外の
教え子は夏の蚊と同じくらい鬱陶しく面倒な存在であった。
(回り道も面倒だけど、今はそれをする価値がある)
智子は短い足で元来た道をせっせと戻り始めた。
住宅街とはいえ、あまりにも人通りの少ない道に智子は寂しさを感じていた。
(私の子供の頃はこの辺りを小学生たちが走り回っていたけどなあ……)
子供たちの遊び方が変わったということもあるだろうが、なんといってもやはり
少子化が町の雰囲気に影響を与えているのである。
「キャー!!」
智子が感傷的な気分に浸っていたその時、公園の方から甲高い叫び声が聞こえて
きた。
(なんだ!?)
智子は立ち止まり振り返ったが、家が邪魔になって公園の中の様子は確認できな
い。
「キャー!」
「キャー!」
繰り返される叫び声。
異様な状況に智子は恐怖で足が竦む。
(なに? なんなの……)
「キャー!」
聞こえてくる声は方向からして朝陽たちのものなのだろうと智子は思った。
しかし肝心のその声は甲高いため誰のものかは分からず、男子なのかどうかさえ
も判断がつかない。
「キャー!」
智子は思い切って110番通報をしようかとも思った。
しかしいずれにしても現場を確認するのが先だと思い、勇気を出して足を1歩前
に踏み出した。
スマホを手に公園に近付く智子。
「キャー!」
尚も繰り返される叫び声。
ようやく公園の前に辿り着いた智子は恐怖で息を切らしながら覗き込む。
すると――
5人は先程と同じ場所に立っていた。
5人は揃って空を見上げている。
(さっきの叫び声、あいつらじゃなかったのか……)
見たところ公園には5人以外の人影は見当たらない。
「キャー!」
「!」
甲高い叫び声を出したのは蓮だった。
「キャー!」
「!」
蓮に続いたのは進介だ。
「キャー!」
「!」
朝陽もそれに続く……。
訳の分からない智子はゆっくりと公園の中に入っていった。
「あ、ともちゃん先生」
智子の姿に気が付いたのは陸斗だった。
「ともちゃん先生、こんにちはー」
「こんにちは……」
「ともちゃん先生、どうしたの? 公園に遊びにきた?」
「それはこっちの台詞だよ」
「え?」
「お前らさっきから叫び声を上げてなかったか?」
「叫び声?」
朝陽たちは不思議そうな顔をする。
「さっきから『キャーキャー』言ってただろ?」
「ああ、あれね。叫び声じゃないよ。『超音波』」
「は?」
「あれ」
朝陽は上空を指差した。
彼らとともに智子が上を向くと、空には数羽のコウモリがカクカク飛んでいた。
「あれ……」
「うん、あれ。コウモリ」
「コウモリに叫んでたの?」
「叫んでたんじゃなくて、超音波ね。あいつら飛びながら超音波を出してるらしい
から、俺たちも超音波を出して落としてやろうと思ってる」
「……」
「コウモリは超音波で距離を測るらしいから、それを狂わせる作戦」
「……」
「できると思うんだよね」
「……」
智子は頭がくらくらした。
まさか男子がここまで馬鹿だったとは。
智子が見守る中、男子たちは再びキャーキャー言い始めた。
もちろんそれはコウモリたちになんの影響も及ぼさない。
もはや呆れて物も言えない智子なのであった……。




