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166 公園夜遊び

 教師が学校の外で生徒と会うのは珍しいことである。


 人口の少ない小さな村ならまだしも、都市部の場合はたいていの教師は別の町か

ら通勤しており、生徒たちとは学校以外では顔を合わさないものである。


 しかし智子は違った。


 現在勤めている滝小学校は智子が37年前に卒業した母校であり、今もずっとそ

の時と同じ実家に住んでいる。


 そのため毎日教え子たちと同じ校区内から学校に通っており、校外で顔を合わせ

ることもたまにではあるがあった。



「ともちゃん先生、週末私たちと花火しませんか?」


 楓花に誘われた時、智子は一瞬意味が分からずフリーズしてしまった。


「ともちゃん先生?」

「……花火って、イベント?」

「じゃなくて、コンビニとかで買った花火が余ってるから、それを持ち寄ってみん

なでやろうってことになったの」

「ああなんだ。そういうことか」 

 

 各家庭の余った花火を一気に使い切ってしまおうという「花火女子会」に智子は

誘われたのだ。

 本来ならば教師が誘われるような類のものではないだろう。

 しかし、家が近いうえに精神年齢が生徒と同じ小学生の智子は誘われてしまうの

だ。

 そして智子は行ってしまうのである。



「興味ない?」

「興味はある」


(最後に花火したのっていつだっただろう……) 


 子供も恋人もいない智子が花火を購入することなんてもう何年もないことであっ

た。


 自分が子供の頃は兄や従兄弟と毎年必ずやってきた家庭用花火がまさかこんなに

も遠い存在になろうとは、智子はその事実が信じられなかった。


「場所はどこで?」

「まだ決めてないけど、ともちゃん先生の家の近くの公園でどう?」

「ん? お前ら私の家知ってるの?」

「みんな知ってるよ? 知られてないと思ってたの?」

「うん……」

 

 智子の家は校区の端にあるため、生徒たちの家に囲まれているわけではない。


 それでも何人かの家は近くにあるため、隠し通すことは不可能であった。


「参加するのは誰と誰?」

「私と雫ちゃんと凛ちゃん。あと、私のお母さんも来てくれる」

「保護者同伴か。それなら安心だな」


 面倒だという気持ちより花火をしたいという思いが上回ったため、智子は週末の

予定として「花火」をスマホに書き込んだ。



 土曜日の午後7時、約束の公園に智子が行くと既にメンバーは集まっていた。


「お久しぶりです、湊川先生」


 智子に笑顔で挨拶をしたのは楓花の母の桧山法子だ。

 智子が彼女と会うのはドッヂボールをした懇親会の日以来である。


「お久しぶりです。今日はありがとうございます」


 お礼を言いながらも智子の目は既に楓花たちが持ち寄った花火に釘付けである。


 コンビニやネットで購入しすぎて使い切れなかった地味な花火の塊が足元に集め

られていた。


「ともちゃん先生も来たことだし、早速やりますか」


 楓花の言葉を皮切りに、「花火女子会」はスタートを切った。 



 勢いよく吹き出す火花に声を上げる智子と子供たち。


「絵を描けるんだよ!」


 火の点いた花火を手にうしろに下がった雫が宙にハートを描くと智子の顔がいつ

もに増して輝いた。


「『よつばと!』で見たやつだ!」


 智子は漫画で見て以来、いつかはやってみたいと思っていた遊びを目の前で見て

興奮が止まらなかった。


「私もやる!」


 夜の公園に響く大きな声で智子は言った。


「お前ら滑り台の上から見てろ!」


 楓花たちに見る場所まで指定をし、智子は下からハートや渦を作ってみせた。


「ともちゃん先生、上手!」


 褒められた智子は満足気な表情で笑っている。


「そうだろう、そうだろう」


 滑り台から降りてきた3人は智子に走って近付く。


「ともちゃん先生、夜の滑り台が最高だよ!」

「なに!?」


 智子は「それは本当か!?」という真剣な顔で滑り台を上り、満面の笑みで滑り

降りた。  

 

「ともちゃん先生、ブランコも!」

「今行く! ちょっと待ってろ!!」



 滑り台、そしてブランコへ。


 智子たちの好奇心は平凡な公園でも遺憾なく発揮される。


 平凡な秋の夜、気が付けば「花火女子会」は「公園夜遊び」へと変化していたの

であった。

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