160 こいつの質問は面倒臭え
「ともちゃん先生、集会委員なんですけど取材してもいいですか?」
2学期の集会委員の太一と雫が智子の元へやってきた。
「聞きたいことがあるんですけど」
「聞きたいことってなんだよ。集会でなんか企画でもやんのか?」
「はい。来月の集会で『先生クイズ』というのをやるんです」
「先生クイズ? なにそれ? 私がクイズを考えるの?」
智子はちょっと面倒臭そうな顔をする。
「違います。ぼくたちがともちゃん先生を取材して、それをヒントとして出して、
どの先生かを当ててもらうんです」
「趣味とか特技なんかを聞いて誰かを当てるんだな?」
「そうです。いいですか?」
「OK。ちゃっちゃとやっちゃおうぜ」
聞かれたことに答えるだけでいいと知った智子は俄然やる気が漲ってきた。
「まずは、趣味と特技を教えてください」
「趣味は野球観戦、特技は台の上にバランスよく乗ることだな」
「好きな食べ物と嫌いな食べ物はなんですか」
「好きなのはセロリとピーマン、嫌いなのはちくわ」
「小学生の頃の夢と今現在の夢を教えてください」
「小学生の頃の夢は、なんだっけ……。忘れちゃった。今の夢は……今の夢? も
う大人なんだけど……」
「大人でも夢はありますよね? それと小学生の頃の夢も思い出してください」
「厳しいな……」
智子は40年前に描いていた夢を必死に思い出そうとした。
「男の子じゃないからプロ野球選手になりたいとは思わなかったし、教師にも憧れ
てなかったしなあ……。遊び人とか?」
「遊び人でいいですか?」
「うん。それでいい」
「では、今の夢をお願いします」
「今の夢は……年金かなあ」
「年金とは?」
「65才から年金を満額もらうことが今の私の夢かなあ」
智子は超現実的な夢を11才の教え子に語った。
「なるほど。年金を65才から満額もらう、と」
「そんなんでいいの?」
「正直な回答、ありがとうございます」
「あ、ああ……どういたしまして」
太一は普段から丁寧な生徒である。
「続いては私から質問します」
雫が質問をする。
「ともちゃん先生の好きな漫画とアニメはなんですか」
「好きな漫画は『よつばと!』アニメは……『ハイジ』かなあ」
「『よつばと!』って最近の漫画ですね」
「最近って言っても連載が始まったの20年くらい前だぞ。確か私が20代だった
はずだ」
「大人になってから読み始めた漫画ですね」
「うん。雑誌の書評で見たのがきっかけだな」
「では、今の政治について思うことを語ってください」
「え? 急になに?」
「6年生なので下級生と差を付けたいんです」
雫は得意気に言う。
「政治について語るのかよ……」
「正直にお願いします」
「まあ、法律違反をせずにやってくれればいいんじゃないの?」
「それは全ての人間に当てはまることであって政治についてではないですよね?」
「……」
「今の政治についてお願いします」
「中東やヨーロッパの戦争が政治の力で一刻も早く終結すればいいと思う」
「日本の政治については?」
「……子供たちの未来が明るくなるような政策を進めてほしい」
「具体的には?」
「……」
面倒を起こさない生き方の1つとして、「政治については深く語らない」という
ポリシーを智子は持っていた。
智子にだって思想はある、馬鹿じゃないんだから。
でも、そんなもん語っても得することなんかないということを智子は20代の時
に気が付いた。
それが今、11才の少女によって打ち崩されようとしていた。
「ともちゃん先生はどんな政策を期待しますか?」
「……夏休みを延長してほしい」
「夏休み?」
「夏休みをアメリカみたいに3カ月にしてほしい」
智子はもう面倒臭くなっていた。
土橋の質問は楽だったのに、こいつのは面倒臭えと思っていた。
途中まではやる気のあった智子だが、今やモチベーションは地に落ちている。
雫は下級生との差を見せつけるためにちょっと背伸びをした質問をした。
が、いくら生徒にやる気があろうとも、そんなものは智子を動かすためにはなん
の役にも立たないことを雫はまだ気付いていないのであった。




