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159 GO!弘美

 2学期になっても生徒たちの様子に変わりはない。


 9月になったからといって急に気温が下がらないのと同様に、生徒たちの心境に

はなんの変化もなかった。

 

 1学期と同じ楽しい日々がこれからもずっと続くと誰もが思っていたのだが――


「第1会議室が今日は撮影スタジオになるからな。このあと1組から順番に卒業ア

ルバム用の写真撮影を行う」


 卒業アルバムの撮影……まだ9月なのに来春の準備が始まるのだ。


 4月には「卒業までまだあと1年もある」と思っていたのに、それがもうあと半

年しかなくなっている。


 生徒たちは5年以上通った母校との別れがもう目の前に迫っているのだと感じず

にはいられなかった。


 生徒たちはここにきてようやく「卒業」を意識し始めた。 



「撮影用にお洒落してきているのはいいんだが……」


 男子は皆いつも通りの服装であるが一部の女子は明らかにいつもと違った、とっ

ておきの服を着てきていた。


 そんな中、まず智子が気になったの桧山楓花と高木雫である。


「桧山と高木、その髪型は……なに?」

「聖子ちゃんカットです」


 楓花と雫は揃って80年代のアイドルの髪型をしてきていた。


「聖子ちゃんが好きなの?」

「私のお母さんが好きだったんです」


 楓花の母は松田聖子のファンであった。


「お母さんからこの髪型で撮影するように命令されました」

「命令かあ。親の命令には逆らえないからなあ」

「はい。嫌だったんで友達の雫を巻き込みました」

「お前、すげえこと言ってんな。高木はそれでいいのかよ」

「もう、いいです」


 雫は小さな声で囁くように言った。


「諦めちゃってんじゃねえかよ。本当に大丈夫か? 揉めてないだろうな?」

「卒業式もこれで行く約束をしてますんで安心してください」

「いや、それが心配なんだけどな」

 

 智子は雫が卒業式の日に登校拒否をしないか心配になったが、雫の表情からはそ

こまでの深刻さは感じられず、その髪型を楽しんでいるようであった。



 次に智子が目を付けたのは瑞穂である。


「おい、神田。その髪型はなんだ」


 瑞穂はいつもは肩までのすっきりしたミディアムヘアであるが、今日はやたらと

毛量が多い。


「それはかつらなの? ウィッグ?」

「地毛です」

「パーマをかけてるの?」

「はい」

「それは、林家ぺーを意識して?」


 林家ぺーという単語に生徒たちから笑いが起こる。


「違います」

「そうか。別に馬鹿にするつもりはないんだけど、パー子でもないな?」

「違います。これは、『GO! 弘美物語』の主人公の『GO!弘美』です」

「え? なんて?」

「『GO! 弘美物語』の『GO!弘美』ですよ」

「……それなに? そういう映画かなんかがあったの?」

「たつきょん先生のデビュー作です」

「また、たつきょんかよ!」


 最近はもう「たつきょん」という名前を聞いただけで、智子は拒絶反応を起こす

ようになっていた。


「もう、たつきょんに人生を支配されるのはやめて!」

「ともちゃん先生は、『GO! 弘美物語』を読んでるんですか?」

「読んでるわけねえだろうが! そんなマイナー漫画知らねえよ!」

「今度レンタルしましょうか?」

「いらねえよ! どうせ主人公の弘美が不思議な力を使う話なんだろ!? そんな

の読まなくても分かるよ!」

「たつきょん先生が不思議なお力に目覚める前の作品ですが?」

「知らねえよ! ずっと眠らせとけよ、そんな力!」

 

 瑞穂は智子にたつきょんのデビュー作を読ませようとした。

 読んでもらえれば、たつきょんの良さが智子にも伝わるかもしれないと思ったの

だが、智子からは完全拒否をされた。


「お前、本当にいいのかその髪型で。卒業アルバムって一生ものだぞ?」

「だからこそですよ」


 瑞穂はにやりと笑った。



 智子はそれ以上の言及はしなかった。


 おそらく瑞穂は卒業式の日も個性的な髪型をしてくるだろう。


 智子は、「あいつにはもうなにも言うまい……」そう思うだけなのであった。

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