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153 図工クラブは絵しりとりをする時間なんかい

「4年生の時の図工クラブで3学期連続で筆立てを提出した時は、もしかしたら怒

られるかもしれないと思って緊張していたので、正直に言うと驚きました」


 進介は昨年と一昨年に所属していた図工クラブについての話を続ける。


「図工の先生曰く、『同じものを作り続けることで前の反省を生かせる』のだそう

です」

「なるほどな。そう言われてみたらそうかも」


 智子はようやく図工の先生が進介を褒めた訳を理解した。


「『たいていの子は毎回違う物を作りたがるから高平くんみたいな子は珍しい』っ

て言われました」

「でもまさか、6個連続で作るとは思わなかっただろうな」

「褒められてぼくが調子に乗ったせいです」

「調子に乗ったのは認めるんだな」


 進介は無口な生徒だが、同時に嘘を吐けない生徒でもあった。


「まあ、楽しくやれてたんならいいんじゃないか?」

「そうなんですけど、去年の最後の授業で地獄が待ってて……」

「最後に地獄ってなに!? そんな展開じゃなかったじゃん!?」   


 進介は5年生最後のクラブ活動について話し始めた――



 先生からの総評では2年連続で褒められた進介だったが、人知れずとある問題に

ぶち当たっていた。

 進介の抱えていた問題、それは「板」であった。


 図工クラブでは学校から貸し出されるのは電動ノコギリなどの道具だけで、板な

どの材料は生徒が家から持ってこなければならなかった。

 筆立てを作ると決めた進介は家から適当な板を布製の鞄に入れて持ってきており

その板と鞄は1年間、図工室の棚の中に保管をされていた。


 筆立てを作る日も友達と話をするだけの日も、進介は授業の始めに必ず棚からそ

の板を出し、手元に置いていた。

 

 ある日のこと、いつものように話をしていると突然誠也が進介の板に油性ペンで

絵を描き始めた。

 最初に誠也が描いたのは「怪獣」その次に進介が描いたのが「牛」その次に誠也

は「鹿」を描いた。

 それ以来、「絵しりとり」をするのが2人の定番の過ごし方となった。


 

 年度末最後の授業の日、図工の先生は生徒たちに言った。


「今日がみなさんにとって今年度最後のクラブ活動となりますので、私物は全て持

ち帰ってください」


 他の生徒たちは家から持参したものを鞄に入れたり素手で持つなどして帰宅に備

えたが、進介はこの時初めて自分の「板」が命取りになることに気が付いた。


 他のクラスの生徒はクラブ活動が終わると6時間目はなく帰るだけである。

 しかし赤瀬学級は違った。

 赤瀬は授業中の無駄話が多いうえに頻繁に学級会で通常の授業が潰れるため、ク

ラブ活動のあとに生徒たちを教室にとんぼ返りさせ、本来ならば授業がないはずの

6時間目にも国語や算数などを行っていた。


 当然この日も進介は赤瀬の元へと戻らなくてはならない。

 進介は落書きだらけの板を持って赤瀬の授業を受けなければならない。


 板は鞄よりも大きく、どうやってもはみ出してしまう。

 板には隅から隅まで進介と誠也の落書きが描かれている。

 つまり、どうやっても2人の落書きが鞄からはみ出してしまうのだ。

  

(もしもこれが赤瀬先生に見られでもしたら……)


「高平、その板はなんだ?」

「図工クラブで使いました……」

「どうして落書きがしてあるんだ?」

「空いた時間に辻井くんと絵しりとりをしていました……」

「絵しりとり……それは、図工クラブと関係あるのか?」

「……」

「黙ってないでなんとか言え! 図工クラブは絵しりとりをする時間なんかい!」


 進介は想像しただけで気を失ってしまいそうだった。

 心臓は高鳴り、息は荒れ、眩暈がする……。

 進介は泣きそうな顔で5年生最後のクラブ活動を終え、他のクラスの生徒が大声

ではしゃぎながら校舎を出ていくのを尻目に、5年3組の教室へと向かった……。


 

「で、結局どうなったの?」

「赤瀬先生には、ばれずに済みました」

「単にお前が不安症なだけじゃねえか」

「そうなんですけど、ばれないように鞄を椅子で隠して見えにくくするテクニック

は駆使しましたよ」

「生きてくうえで全くいらないテクニックだな」

「でも、終わりの会のあと挨拶をして、早足で教室を出たんですよ。とにかく見ら

れたくなかったから。裏門から外に出て200メートルほど行った辺りですかね、

ようやくほっとしたんです。本当にほっとした。これでもう赤瀬先生にばれないし

怒られないって思ったんですよね」



 本当に嬉しそうな顔をする進介を見て、智子は改めて進介が赤瀬を心の底から恐

れていたのだと感じた。


 たかが私物に落書きをしただけなのに、ここまで教師を恐れる進介がおかしいの

か、それともここまで生徒を恐れさせる赤瀬がおかしかったのか……智子にはまだ

判断ができないのであった。

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