152 6期連続筆立て
進介はクラブ活動3年目にして初めて運動クラブに入っていた。
昨年と一昨年は「図工クラブ」に入り黙々と筆立てを作り続けたのだが、今年は
ボールを追いかけ汗を流している。
「高平は物作りが好きなんだな」
智子は進介のクラブ活動遍歴からそう判断した。
「ともちゃん先生、適当なこと言わないでください」
「え……」
進介の思いがけない言葉に智子は驚いた。
「2年連続で図工クラブなんだから、物作り大好きっ子だろ。違うのかよ」
「全然違います。ぼく、図工が好きだと思ったことなんてないです」
「じゃあなんで2年連続で図工クラブを選んでるんだよ!」
「仲のいいクラスメイトに誘われたからです」
進介は自己主張のできない生徒である。
仲のいい生徒から誘われると断ることなどできないのだ。
「お前、自分がやりたいことじゃなくて他人に合わせてクラブ選んだのかよ」
「そうです。本当は3年ともバスケがしたかったです」
「だったらやれよ、バスケ。なんで判断を人任せにするんだよ」
「だって、誘ってもらえたから……」
「うーん……そうだよな。誘ってもらえると嬉しいよな」
「いや、別に嬉しくはなかったですけど」
「なんなんだよ、お前は!」
進介のふらふらした発言に智子は声を荒らげた。
しかしその態度も進介らしさであり、智子はすぐに怒鳴ったことをを反省した。
「まあ、別にクラブなんて適当に選んでもいいけどな。でも、それだと楽しくない
だろ? やりたいことやった方が多分いいと思うぞ」
「去年と一昨年はたまたまクラブ選びの時期に誠也が近くの席にいたんです。それ
で誘われたんです」
「誠也って林間学校の時に同じ班だったやつだな?」
「そうです。今年は3組の辻井誠也です」
「じゃあ、辻井が物作りが好きなんだな」
「絶対に違うと思います」
「じゃあなんで!!」
進介と誠也は2年連続で図工クラブに入った。
しかし、2人とも工作好きではないという。
進介の言葉に智子は次第にイライラし始めた。
「なんで2人とも図工好きじゃないのに2年連続で図工クラブに入っちゃうの!?
おかしいでしょ! せめて1人は図工好きじゃなきゃ駄目でしょ!」
「誠也は楽だから図工にしよぜって言ってました」
「図工クラブだって作品は作らなきゃ駄目でしょ!」
「学期ごとに提出するんで、年に3つです。それは1時間でパパッと作るんで、あ
との時間は遊んでました」
「1時間でできるの!?」
「できますよ」
進介は、そんなの簡単だという顔をする。
そんな進介に智子は興味津々に尋ねる。
「なに作ったの?」
「筆立てです」
「筆立て……それから?」
「え? それだけですけど?」
「1学期は筆立てでしょ?」
「はい」
「2学期と3学期は?」
「筆立てです」
「3期連続筆立て!?」
進介の大胆なやり口に智子は驚愕した。
「もしかして、辻井も?」
「いや、誠也はなんか違うのを作ってましたね。ちっちゃい椅子だったかな……」
「椅子ってそんな簡単にできるの?」
「木をボンドでくっつけるだけですよ」
「それじゃあ危なくて座れないじゃん」
「ちっちゃい椅子ですから、そもそも人間は座れません。誠也は、『これは猫用の
椅子だ』って言い張ってましたし、図工の先生も面白いって評価してました」
「それでいいのかよ!」
「図工の先生って美術の大学とか出てるから、自由ですよね」
「猫の椅子は自由すぎるだろ」
そう言いつつも、智子は猫の椅子を想像してちょっとにやけていた。
「高平は4年の時は3連続筆立てだったんだよな? じゃあ、5年の時はなに作っ
たの? さすがに別のものだよな?」
「5年も筆立て3つ作りましたけど?」
「お前んちの机の上、勉強するスペースある?」
「さすがにいらないやつは順番に捨ててます」
進介の学習机には現在、4つの自作筆立てが置かれている。
「それでも4つあるのかよ……」
「元からある、買ったのを合わせると5つです」
「十分多いよ。お前のことが今までで1番心配だよ……」
「でも、3学期の終わりに1年を通しての総評を先生からもらうんですけど、ぼく
2年連続で褒められてるんですよ」
「なんで? なんで6期連続で同じものを作ったやつが褒められるの? 自由すぎ
て訳が分からないんだけど。図工の先生、どうかしちゃったんじゃないの?」
「総評をしてくれたのは別々の先生ですよ? 鳥谷先生は斎藤先生に泣かされて途
中で辞めちゃいましたから」
「あっ、そうか」
昨年、図工教諭の鳥谷あゆみは5年1組担任の斎藤朱音と喧嘩をして泣かされて
年度途中に退任し、それ以降は現在まで上本静香が担当をしている。
「この学校もいろいろあるからなあ……」
智子は遠い目をしながら呟いたのだが、それを聞いた進介は「1番驚くべきなの
はともちゃん先生の存在なんだけどなあ……」と心の中で呟いていたのであった。