148 そんな智子に乾杯
「1番、石塚」
「2番、北山、芦田、相内」
「3番、石塚、荻野、能勢」
今日もまた智子の機嫌は悪かった。
2学期が始まってまだ10日ほどしか経っていないものの、今日が最悪なのは間
違いない。
それくらいこの日の智子は朝から機嫌が悪かった。
1週間前に教室の前に貼り出された林間学校の写真の受け渡しが行われている。
生徒たちは欲しい写真の番号を記入した用紙を提出しており、その写真が智子か
ら手渡されているのだ。
「15番、国木田、高平、中井、仁藤、光井」
「16番、市川、神田、桐谷、土橋、塚本」
生徒たちは自分の写った写真を購入しており、智子から名前が呼ばれると前に取
りにいく。
写っている枚数に多少のばらつきはあるものの、同じような枚数が全員に行き渡
る。
そして――
「37番から41番は注文したやつが勝手に取りにこい!」
智子の投げやりな発言、それに対して生徒たちはにやにやしている。
「それって、ともちゃん先生が抱っこされてる写真ですか?」
昌巳は智子を挑発するように言った。
「なんだお前、喧嘩売ってるのか?」
「聞いただけですけど? で、どうなんですか?」
昌巳のへらへらした顔に智子は強い憎しみを抱いた。
なんとかして仕返しをしてやりたいと思ったが、問題にならない範囲内でのちょ
うどいい体罰が咄嗟に思い付かなかった。
仕方なく智子はクラスの生徒全員に対して言う。
「お前らやってくれたな! なんでこの5枚だけ大量に売れてるんだよ!」
そう言うと智子は50枚を超える写真の束を両手で掴み、生徒たちに掲げて見せ
た。
「写ってるのは私以外は5人だけなんだぞ! なんで自分の写ってない写真を5枚
とも買ってるやつがいるんだよ!」
「欲しい写真は写ってなくても買っていいんですよね? 駄目なんですか?」
「買ってもいいよ! 駄目なんてルールどこにもないよ!」
「じゃあ、いいじゃないですか」
「駄目なのー! なんで教師の私が生徒の腕の中で眠ってる写真が全員に行き渡っ
てるの! そんなの私が嫌なのー!」
智子の目には悔し涙が溢れ、両足はスチール製の台の上で地団太を踏む。
「なんでみんな買っちゃうんだよー! 他のクラスも! 他のクラスの生徒もみん
な買ってるー! なんでだよー!!」
この場合の「みんな」は、文字通りの「みんな」であった。
本当に3クラスの生徒75人全員が、智子が女子に抱っこされて眠る写真を最低
1枚は購入していた。
「中には5枚全部買ってるやつもいるんだよ! 自分が写ってないのに! なんで
だよ! なんでだよ! ちくしょー!!」
智子は泣いた。
悔しくて堪らなかった。
すやすや眠ってしまったあの時の自分が憎かった。
「ともちゃん先生、大人気だな」
「うるせー!!」
感想をぽつりと呟いた健太に一瞬でつっこむ智子。
「大人気なのに、うるせえはないだろ……」
「うるせえったらうるせー! お前ら全員黙ってろー! なんで私のプリティフォ
トが150枚もばら撒かれなくちゃならないんだよ! ちきしょー!」
((プリティフォトって言った……))
生徒たちは智子の口から出た、「プリティフォト」というワードに引っ掛かった
が、それについては深掘りはできなかった。
なぜなら智子がいつも以上に大荒れだったからだ。
「なんで寝たんだよ、あの時の私! なんで薬に負けたんだよ、あの時の私!」
「薬のおかげで車酔いから解放されたわけですから、薬に負けたという表現は違う
と思います」
諒は理路整然と智子の考えに異議を唱えた。
「うるせえよ、医者の卵! お前は患者のことだけ考えてればいいんだよ! 勝手
に私を診察すんな!」
「診察はしてないですけど……」
「うるせー! 黙れー!!」
荒れる生徒を止めるのは教師と保護者の役割である。
では、荒れる教師を止めるのは一体誰の役割?
荒れる智子を止めるのは誰の責任?
それは答えのない問い掛けなのか。
日本の教育界に一石を投じる――そんな智子に乾杯。