146 ルール完全無視
それは社会の授業でのことだった。
智子は授業中に脱線をすることは滅多になく、この時も淡々と教科書の内容通り
に授業を進めていた。
「高平の夏休みの宿題なんだけどさあ」
突然智子に名前を出された進介は驚き、緊張で身体が硬くなった。
「みんな見た? 戦国武将を調べたやつ」
「見た!」
「家紋とか格好いいよな!」
進介は自由研究で戦国武将についてまとめており、それが男子たちの間で評判に
なっていた。
「それなんだけどさあ、どういうことなの?」
「え……」
進介は智子の言う、「どういうことなの」の意味が理解できなかった。
「ネットとか図書館に行って調べました……」
進介は夏休みの間、4つ上の兄に手伝ってもらいながら図書館通いをし、戦国武
将についての情報を収集していた。
「図書館も行ったのか。それは感心だな。ただ私が言ってるのはそういうことじゃ
なくてだな、自由研究なんだよ」
「はい、自由研究です」
「他の学校はどうか知らないけど、うちの学校では自由研究は自由すぎると駄目な
んだよ。分かるだろ?」
「……」
進介は智子から「自由」の意味について問われた。
まさか社会の時間にそんなことを聞かれるとは思っていなかった進介は咄嗟に言
葉が出てこなかった。
「学校が出した宿題にはルールがあるだろ? 読書感想文だったら原稿用紙に書い
てくるようにって指示が出てるだろ? 『ぼくは動画で感想を話してますのでそれ
を見てください』って言われても困るんだよ。確かに本を読んで感想は自分で考え
てるんだろうけど、学校の指示は400字詰め原稿用紙2枚以内だからな。それに
は従ってもらわないと」
進介はここまで聞いてもまだ智子がなにを言いたいのかが全く分からなかった。
そんな進介に、智子は気の毒そうな顔で伝える。
「はっきり言うけどさあ。学校が出した宿題は、『理科の自由研究』なんだよ」
「!」
「でもお前がやってきたの、『社会の自由研究』じゃん」
進介はこの時初めて自分の犯した過ちに気が付いた。
自分は理科の宿題に社会のレポートを提出していたのだ。
そのことに気付いた瞬間、進介は顔から火が出るんじゃないかと思うくらいの赤
面をした。
「別にそこまで恥ずかしがる必要もないけどな」
進介の様子を見て、智子は軽くフォローを入れた。
「ぼくは理科の自由研究に社会の自由研究をやってしまったんですね……」
「そうだぞ。ルール完全無視だぞ」
「ということは、やり直し……」
「いや、それは別にいい。ちゃんと理科の自由研究をやってきた扱いにしといてや
る」
智子の寛大な措置に進介は安堵の表情を見せた。
「大事なのは夏休みの間に自分の決めた課題を研究し、完成させたということだ。
科目を間違えたなんてのは些末なことでしかない。そうだな、みんな?」
智子の言葉に生徒たちは頷いた。
生徒たちは、「自分たちが頑張れば智子は正当に評価をしてくれる」「智子は自
分たちの努力を無駄にはしない」と思い、嬉しかった。
もちろんそれは生徒たちの勘違いであり、智子が進介にやり直しを求めなかった
のは再提出物を改めて見るのが面倒臭かっただけである。
生徒たちと智子の間には、「いい感じのすれ違い」が生じており、全て結果オー
ライなのであった。