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144 抱っこの恨み

「市川、芦田、荻野、能勢、石塚、立て!」 


 昼休みが終わり教室に入ってきた智子は5人の女子の名を挙げ、その場に立つよ

うに命令をした。

 智子の表情からは激しい怒りの感情が読み取れる。



 生徒たちは驚いていた。

 普段怒られるのは圧倒的に男子のことが多く女子は稀である上に、今回は学級委

員長の真美が含まれていたからだ。



 智子は教卓の裏に置いてある台の上に立って真美ら5人を睨みつける。 


 真美たちはどうして智子が自分たちを睨みつけるほどに怒っているのかが分から

なかった。

 

 智子が怒るのは大抵はくだらないことであったため、生徒たちは他の教師に怒ら

れる時のような緊張感を抱くことはなかったのだが、この時は違っていた。

 学級委員長の真美を睨みつけるのは余程のことに違いないと全ての生徒たちが考

えていたのだ。


 

 張り詰めた空気の中、智子は怒りの表情を変えぬまま口を開いた。


「さっき、林間学校での写真が職員室に届いた。明日教室の前に貼り出すから、欲

しい者は番号を書いて代金とともに提出するように。後日、焼き増ししたものを私

から配る」


 滝小学校では林間学校と遠足と修学旅行の時に撮影された写真が販売されること

になっていた。

 販売方法はネットを通じてという今風なやり方ではなく、昔ながらの手書きによ

るものであった。


「お前ら、どういうことか分かるな?」


 智子は相変わらず真美たちを睨みつけているが、5人はその問いに対して首を捻

るばかりであった。 

 本当に意味が分からなかったのだ。


 そして次の瞬間、生徒たちは智子の怒りが自分たちの想像以上であったことを知

ることになる――


「お前ら、やってくれたな!!」


 智子は大声を上げてそう言うと、両目からぽろぽろと涙を流し始めた。

 生徒たちは益々意味が分からず、混乱した。


「ともちゃん先生、どうしたんですか……」


 クラスを代表して質問をした朝陽に智子は言う。


「写真が職員室に届いたの!」

「それはさっき聞きました」

「林間学校の写真!」

「はい、それも聞きました」

「こいつら、やってくれたんだよ!」

「はあ……」


 子供特有の説明になっていない説明が続く。

 朝陽は諦めずに粘り強く智子に質問をする。


「やってくれたっていうのは、ともちゃん先生が嫌がることですか?」

「初日にバスの中で酔い止めの薬を飲んで寝ちゃったでしょ!」

「はい、キャンプ場に着いたあともしばらく寝てましたよね」

「その時! その時にー!」

「寝てただけでしょ?」


 朝陽が真美の方を見ると彼女はなにかに気付いた顔をした。


「私たち、ともちゃん先生のこと抱っこしたかも……」

「それー!!」


 真美ら5人はすやすや眠る智子のことを順番に抱っこをし、あろうことか写真撮

影に応じていたのだった。  


「抱っこして写真に写っただけじゃん」

「それが駄目なのー! 私は教師なのだー!!」


 興奮のあまり語尾がおかしくなる智子。


「勝手に私を抱っこしちゃ駄目でしょ! こっちが教師でそっちが生徒なのに! 

せめて許可取ってからにして!」

「だって、ともちゃん先生寝てたから」

「だったら、起きてからにすればいいでしょ!」

「起きてたら抱っこする許可くれましたか?」

「あげるわけないでしょー!!」


 智子は引き続き、泣きながらブチ切れた。


「謝って! 謝って! 謝ってよー!!」



 5人は智子に求められるがままに素直に謝ったが智子が許すはずもなく、この日

はこのまま授業は潰れ、終わりの会を迎えることとなった。


 普段よく分からないことですぐに怒り出す智子であるが、この日の怒りはなんと

なく生徒たちにも理解のできるものであった。


 すぐ怒りすぐ忘れる智子の性格からして、明日になれば機嫌は直っているだろう

と生徒の誰もが思っていた。

 

 それがまさか日をまたぐことになろうとは……。 


 たかが抱っこ、されど抱っこ……抱っこの恨みは果てしなく続くのであった。

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