143 地位が人を作らない
「学級委員長、プリント配っておいてくれ」
終わりの会が始まるなり、智子はそう言って自分は席に着いた。
「あー……。暑い日が続くからな、みんなも体力は温存しておけよ。帰り道で突然
倒れても誰も助けてはくれないぞ。行き交う人は皆、他人には無関心。この国はも
うそんな国になったんだ……。あれ? 学級委員長は? トイレ?」
教卓の上に置いたプリントが一向に配られないのを見て智子は顔を上げた。
「おーい、学級委員長さんよー」
「ともちゃん先生」
「なんだ中井。お前が代わりに配るのか? 2学期からは、『プリント配り係』っ
ていうのを作ってもいいな」
「2学期の学級委員長って誰なんですか?」
「は?」
滝小学校ではどのクラスでも学期ごとに学級委員長が担任教師から任命されるこ
とになっていた。
「そういえばそうか。確かそうだったな。学級委員長って学期ごとに変わるんだっ
たな。忘れてたよ。で、誰がやるの?」
「5年の時は先生が決めてましたけど」
「そうだっけ? 中井は赤瀬先生のクラスだったな? 5年1組と2組はどうして
た? みんな同じ? そうかあ……私が考えるのか」
智子は椅子に座りながら頭のうしろで手を組み微妙に揺れている。
智子からは面倒臭いという感情がだだ漏れである。
「学級委員長って、変える必要ある?」
生徒たちは戸惑った。
今までは学期ごとに変わるのが当たり前だと思っていたからだ。
「別にずっと市川でよくない? ねえ、駄目? なんでみんな微妙な感じなの?
1学期に市川が学級委員長で困ったことあった?」
「それはないですけど……」
「だろ? だったら変えなくてもいいよな? でも、なんで他のクラスでは変える
んだろうな。ちょっと待ってて、佐久間先生に聞いてくる」
智子は小走りで3組の佐久間の元へと走った。
隣のクラスの菊池に聞きにいかなかったのは、智子が菊池のことを人として信用
していないからである。
3分ほどして智子はクラスに戻ってきた。
「いやー、いい話が聞けたよ」
智子は満足そうである。
「佐久間先生、なんて言ってました?」
「聞きたいか、市川」
「はい」
「市川はクラスのために日々働いてきたからな、特別に教えてやろう。学級委員長
を学期ごとに変える理由……それは『自立心』と『責任感』を養える絶好の機会だ
からだ!」
生徒たちは自分たちの想像していた範囲を一切超えない智子の言葉を聞き、逆に
驚いた。
「驚いたか。ん? たかが学級委員長だと思ってお前ら馬鹿にしてただろ? 実は
そこには深い理由があったんです!」
生徒たちは「深くもなんともねえよ」と思いつつ、早く帰りたいので反論はしな
かった。
「ということだから、2学期も学級委員長は市川な」
「えっ……」
話の流れを無視した智子の発言に真美は絶句した。
「なんでですか? 私以外の生徒の自立心と責任感も養った方がいいんじゃないで
すか?」
「そんなもん、きれいごとだよ」
「えー……」
「学級委員長が責任感のある人間になるんじゃないんだよ。責任感のある人間を教
師が学級委員長に指名してるんだよ」
「でも、『地位が人を作る』っていうことわざもあるじゃないですか?」
「ことわざが全て正しいとは限らないだろ?」
「それはそうですけど……」
智子と真美のやり取りを聞いて、朝陽が口を挟む。
「昔の人の経験則だから価値ある言葉だと思うけどなあ」
美織も続く。
「そういう言葉って、誰もが納得できるものだけが残ってきたと思うから、やっぱ
り一定の説得力はあるんじゃないかなあ」
成績のいい2人の言葉に他の生徒たちも同意をするように頷く。
そんな2人の意見に対して、智子は口を開く。
「じゃあ、なんで私はいつまでたっても先生っぽくならないの?」
生徒たちは皆、智子の言葉に驚いた。
まさか生徒たちは智子の口から「自分は先生っぽくない」などという言葉が出て
くるとは思いもしなかったからだ。
智子は7才児並みの無邪気さはあるものの、知能とプライドの高さは49才であ
るはずだった。
その智子が遂に、自分が先生っぽくないことを認めたのだ。
「どうした、みんな。地位が人を作るんだったら、私はとっくに先生っぽくなって
なきゃ駄目だろ。ずっと先生なんだぞ、私は」
「ともちゃん先生が幼女化してもう4か月以上経ってますけど、もしかしたらこの
まま完全に幼女になっちゃうかもしれませんね」
「え! なんで!?」
「なんか、そんな気がします……」
真美の指摘に驚く智子。
果たして智子は大人に戻ることなく、このまま幼女完全体になってしまうのであ
ろうか。
それはそれとして、6年1組の学級委員長は2学期も真美が留任することになっ
たのであった。