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14 目の前の公園

「あの……」

「高平か、どうした?」


 職員室に戻る途中、智子は進介に声を掛けられた。引っ込み思案な彼に声を掛け

られたのは初めてのことだったので、智子は少し驚いてしまった。


(私が小さくなったから声を掛けやすくなったのかも。こんな身体でも良いことは

あるもんだな)

 

「勉強のことか?」

「いえ、昨日のPTAのことでちょっと」

「なんだ、お前もか」


 PTAと聞いて、智子は少し嫌な顔をした。


「え?」

「いやいや、なんでもない。こっちの話だ。昨日の会合には確か、高平のお母さん

も出席してたよな?」


 智子は改めて昨日のことを思い出していた。背の高い進介とは違い、お母さんは

小柄な女性だったはずだ。


「はい。そこで3組の佐久間先生から、これからはぼくの家の近くの公園に遊びに

行ってもいいって言われたらしいんですけど、いいんですか? 行っても」


 智子は一瞬、思考が停止した。進介の言う「家の近くの公園に行ってもいいです

か」の意味が分からなかったのだ。


「……公園くらい勝手に行けばいいんじゃないか?」

「いいんですね? じゃあ、行きます」


 そう言うと、進介は智子に背を向け立ち去ろうとした。


「ちょっと待て!」

「はい?」


 智子に呼び止められた進介は立ち止まり、振り返った。


「なんですか?」

「なんですかじゃないよ。佐久間先生はどうしてお前のお母さんにわざわざそんな

許可を出したんだ? 近所の普通の公園だろ? それとも、過去にその公園で事故

でも起きてるのか?」

「いえ、うちから100メートルほどの場所にある普通のどこにでもあるような平

凡な公園ですけど?」

「じゃあなんで学校の先生が許可を出すんだよ。今まで行ってなかったのか?」

「4年までは行ってましたけど、去年は行けませんでした」

「去年だけ? なんだ、去年はなんかあったのか?」

「担任の赤瀬先生に禁止されてたんです」

「ああ、赤瀬先生か……」



 赤瀬徹。3年前に大学を卒業し滝小学校に赴任してきた新米教師で、今春からは

別の小学校に転任していた。

 赤瀬は所謂「熱血教師」として校内では有名で、彼の生徒に対する指導の声は離

れた教室にも届くほど大きく、それが「情熱的」であると一部の保護者たちからは

熱狂的に支持されていた。

 

「お前、赤瀬先生のクラスだったのか。厳しい先生だったよな……」

「はい。厳しかったです」

「噂は聞いてるぞ。で、その赤瀬先生はなんで目の前の公園を禁止にしたんだ?」

「校区外だからです」

「は?」


 予想外の回答に智子は変な声を出してしまった。


「校区外って、家からたったの100メートルだろ?」

「はい。でも、滝小学校の校区の外です」

「……それって行っちゃ駄目なの? 赤瀬先生はそう言ったの?」」

「校区外には子供だけでは出ては駄目だって校則に書いてありますから」

「いや、校則に書いてあるからって……」


(なんでもかんでも校則に従えばいいってもんでもなかろうに……)


「赤瀬先生が言うには、『校区の外で遊んでいる時に何かがあっても、別の学校

だからすぐに対応ができない』のだそうです」

「……何かがあったら警察が対応してくれんじゃないの?」

「別の校区だと、その子が誰なのかの判別が遅れるかもしれないのだそうです」


(警察って、その子が誰かを校区で判断するのか?)


「赤瀬先生から厳しく言われてたから、それに従ってたということか」

「はい。見つかると次の日の終わりの会で必ず学級会になるんで」

「そうか……。赤瀬先生って学級会が好きだったらしいな」

「はい。3学期の終業式の日に『ぼくは学級会が好きだ』って泣きながら言って

ました」

「ちょっ!?」


 智子は思わず吹き出してしまった。

「ぼくは学級会が好きだ」

 とんだ告白である。


「クラス最後の日にどんな告白だよ!?」

「本当に言ったんです。『この学級会ノートはぼくの一生の宝物だ』って」

「泣きながらか」

「はい。泣きながらです」


 赤瀬は今の時代に珍しく、「子供たちを叱れる先生」だったので、智子はその

部分に関しては高く評価していた。しかし今の話を聞くと、少し思っていたのと

違ったかもしれない。

 もしかすると赤瀬は単に学級会がしたかっただけなのでは……。


(勝手な想像はよくないな)


 赤瀬は生徒からの人気も高かったし、進介ももしかしたら彼のことを慕ってい

るのかもしれない。余計なことは言わないでおこうと智子は思った。


「まあ、そういうことなら分かった。佐久間先生の言う通り、これからはちょっ

とくらいの校則違反は気にするな。もう6年生なんだし、自分の頭で考えて臨機

応変に対応しなさい」

「はい」


 落ち着いた返事をした進介は、昼休みの残りを過ごすため校庭に出て行った。


 

 進介を見送った智子は、転任して行った赤瀬のことを考えていた。


「ぼくは学級会が好きだ」


 情熱が過ぎるとこんな思考回路になるのかと、滑稽なような薄ら寒いような、

へんてこりんな感覚に智子は襲われるのだった。

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