136 一期一会
午前中を広場での遊びに費やした6人は昼食のために食堂へ移動した。
たったの1泊2日の旅であるがこの食堂を利用するのはもう4回目だ。
メニューの焼きそばを乗せたお盆を持ち席に着いた智子は、辺りをきょろきょろ
と見回す。
夏休みが今日までで新たな宿泊者がいないためか、やや空席が目立っているが、
それでも7割ほどの席が埋まっている。
「ともちゃん先生、どうしたの?」
「ん? 昨日の夜に部屋で仲良くなった小学生くらいの姉妹がいたんだけど、見当
たらないなあと思って……」
声をかけた朝陽も一緒になって周りを見回したが、それらしき女子は見当たらな
かった。
「名前とかどこから来たかとかは聞いたんでしょ?」
「いや、聞いてない。ただ遊んだだけ」
「じゃあ、メール交換とかも?」
「してない。だって私、いつ身体が元に戻るかも分からないし」
「ああ、そうか……」
昨晩智子は自分から名乗らなかったし、メール交換も求めなかった。
翌日も遊ぶ約束をしなかったのは、しなくても自然とそうなるものだと思ってい
たからだ。
智子は昼食の焼きそばを頬張りながらもずっと辺りを見回していたが、結局姉妹
の姿を見つけることは叶わなかった。
(48年生きてきたけど、一期一会なんて数えきれないくらいあったもんなあ)
智子は今年の夏もまた切ない経験をするのだった。
靖男が車の鍵を取りに戻る間、6人は駐車場の脇で立ち話をしていた。
「あっ、そういえば……」
なにかを思い出したように呟いたのは賢一だ。
「行きにタイガースの高平の車を見たことは、ともちゃん先生に言った?」
「おい! それは言わないってことにしただろ!」
言わないという約束を破った賢一に進介は詰め寄る。
「だって、ともちゃん先生なんか落ち込んでるし」
智子の反応が知りたかった賢一は、帰りの車に乗る直前にこのことを言うと決め
ていたのだ。
「なんだその話は。詳しく聞かせろ」
姉妹との一期一会に感傷的になっていた智子だったが、「タイガースの高平」と
いうワードに本来の眼光の鋭さを取り戻した。
「おい高平、お前はこの私に隠し事をするのか? え? いつからそんな偉くなっ
た? あ?」
町のチンピラのような態度で進介に詰め寄る智子に進介はしらを切る。
「いえ……。ぼくはよく見てなかったので知らないです」
実際、進介はその車は目にしていたものの運転席でハンドルを握る男が高平選手
かどうか確信は持てていなかった。
「中井はどうなんだ?」
「俺は高平選手だと思います」
「なるほど。他の3人はどう思うんだ?」
「高平でした」
「俺もそう思う」
「俺も」
進介以外の4人全員が、自分が見たのは高平選手だったと証言した。
「5人中4人がタイガースの高平だったと思ってるのかよ。でもなあ、子供って変
な嘘吐くからなあ。特にお前ら男子は」
教え子を嘘吐き呼ばわりする智子に拓海が口を挟む。
「というか俺、昨日の晩、高平のインスタ見たけど、車が高速で見たのと同じ車種
だった」
拓海がもたらした新情報、それは決定打となるものであった。
「それもう確定じゃない?」
智子は何故かギャルっぽく言った。
「高平の運転する車が近くを通りかかった。それなのにお前たちは……なんで私を
起こさないんだよー!!」
智子は今度はギャルではなく、本気で怒鳴り声を上げた。
「陸斗が起こしたよな?」
「うん。俺、起こしたけど」
「起きてないだろうが! 私が起きてなかったら起こしてないんだよ!」
「起こしたけど、ともちゃん先生が起きなかったから」
「起きてなかったら起こしたことにはならないんだよ! 起きるまで起こせよ!
それがお前の仕事だろうが!」
「俺、そんな仕事やってないですけど」
陸斗は当たり前のことを言う。
「なんで高平は私を起こさないんだよ!」
「だって陸斗が起こしてたから……」
「お前じゃねえ! 本物の高平だよ!」
「別の車で寝てる子供をどうやって……」
「だー!! 私がタイガースのファンだって知ってるだろ! 起こせ! 起こせ!
起こせ――――!!」
智子は全身で地団太を踏んだ。
両足はリズミカルに動き、交互に伸びる手は順番に天を衝いている。
周りにいる他の来場者たちは笑顔で智子のことを眺めている。
そんな中、荒ぶる智子を見た進介は、「まるでアフリカ人のダンスのようだ」と
リズム感のある智子に感心するのであった。




