134 新しいコーラの飲み方
「智子さんは6才だからお兄さんたちと同じ部屋の方がいいですね」
智子のことを6才児だと思っている職員から危うく教え子たちと同じ部屋に入れ
られそうになるのを回避し、智子は女性だけが集められた宿舎へと移動した。
部屋には布団が20人分敷かれており、既に10人を超える女の子たちがくつろ
いでいた。
「ここ空いてる? じゃあ智子さんはここで寝てください。困ったことがあったら
周りのお姉さん方を頼ってね」
20代であろう女性職員はそう言うと部屋を出ていった。
残された智子は枕元にリュックを置き、時間を確認する。
まだ8時前で、体力のない智子だとしても寝るにはちょっと早すぎる。
(寝られないこともないけどなあ。スマホでゲームでもして時間潰すかなあ……)
どうするか迷いながら智子が顔を上げると、周りの女の子たちが興味津々といっ
た様子で自分を見ていることに気が付いた。
その部屋は小学生以下の子供だけが集められており、智子と同じくらいの小学生
低学年の女の子がもう1人、それ以外が中高学年であった。
「1人で来たの?」
すぐ近くの布団の上で1年生の妹と2人で遊んでいた4年生の姉が智子に声をか
けた。
「近所のお兄さんたちに誘われて来た。女子は私だけだから今は1人なの」
智子は考えてきた設定をそのまま話した。
「お姉ちゃん、コーラの美味しい飲み方、この子にも教えてあげようよ」
妹は良いことを思いついたといったような顔で姉に提案した。
(コーラかあ。嫌いではないけど、今はお腹一杯だし別にだなあ……)
智子は身体が縮んでから味覚や価値観などがどんどん子供に近付いておりコーラ
も好きなっていたのだが、同時に胃袋の大きさも子供になっていたため好きな物を
好きなだけ飲み食いするということはできなかった。
「お財布持ってきてる?」
「うん、一応……」
「じゃあ、それ持って私たちについてきて!」
姉妹はパジャマ姿で廊下へ飛び出した。
智子は無視するわけにもいかず、仕方なく財布をリュックから取り出し、2人に
続いて廊下へ出た。
節電のためか薄暗い廊下の突き当たりに古びた自販機が置かれている。
「全部100円だ」
自販機を見上げながら智子は呟いた。
その細長い自販機には250ミリ缶のジュースが2列になって並べられており、
上の段が全てコーラであった。
「まずは私たちが飲み方を教えるね」
そう言うと姉はコーラを2本購入し、1本を妹に手渡した。
(美味しい飲み方って、アイスにかけるとかじゃなければなんだ?)
智子がいろんな想像をしながら見ていると、姉は近くの壁の掲示板から画鋲を1
つ抜き、それを缶の上部に刺した。
「穴開けたの?」
「うん、そこを指で押さえて――」
姉妹は缶に開けた穴を親指で塞ぎ、そのまま激しく振り始めた。
「えっ……それだと、コーラが……」
コーラを激しく振る姉妹は笑顔である。
「これでいいの。そして――」
姉妹は下を向き口を大きく開けると、缶をそのさらに下に移動させ、そして穴を
塞いでいた指を離した。
コ―――――――ッ
小さな穴からコーラが姉妹の口めがけて噴出する。
その間姉妹は瞳孔を開きっ放しで斜め下を見つめている。
智子は筋になって噴出するコーラとそれが口の奥に当たる音、そして姉妹のなん
とも言えない表情に一瞬にして魅了された。
「なにそれ、初めて見た! 私もやりたい!!」
「いいよ。100円ある?」
姉に促された智子は、この日のためにと100円ショップで購入した子供の持ち
物っぽく見える黄色い財布から100円玉を取り出し、自販機に投入した。
智子はランプの点いた上段のコーラのボタンを押すため手を伸ばすが、全く届か
ない。
背伸びもするが、それでももちろん駄目。
「私が押してあげるね」
多少不機嫌になりつつ、落ちてきたコーラの缶を拾い上げた智子は姉に画鋲で穴
を開けてもらう。
「どの指でもいいの?」
「親指がやりやすいよ」
姉の助言通り智子は右手の親指で穴を塞ぎ、目一杯缶を上下に振った。
「それくらいでいいかな。指を離すより先に下を向いて、そうそう、それで離す」
コ―――――――ッ
智子の口の中に甘い炭酸の筋が当たる。
智子にとってそれは新感覚であった。
(なにこれ!? めっちゃ楽しいんだけど!!)
智子は馬鹿みたいな顔でコーラを楽しんだ。
炭酸の勢いがなくなると智子は顔を上げた。
その間姉妹は2度3度とコーラの筋を楽しんでいる。
(1缶で何度も楽しめるのか!)
智子も姉妹に倣い再び穴を指で押さえ全力で振り、そしてコーラの新境地を開拓
し続けた。
「そろそろ炭酸が抜けてきたね」
そう言うと姉はプルタブを開け、中のコーラに口を付けた。
妹に続き智子も口にしたが、炭酸の抜けたそれはただの甘ったるいだけの液体で
あった。
「あまーい……」
嫌そうな智子の表情に姉妹は笑った。
なんとか飲み干した智子は自販機横のゴミ箱に缶を投げ入れ、自販機の上段にあ
るコーラを見上げる。
「もう1缶、買う?」
「うん! 買う!」
3人は、もう100円ずつ財布から取り出し、新たにコーラを手に入れた。
コ―――――――ッ
今度は3人同時にコーラを口に入れる。
「指を使わない方法があるの知ってる?」
妹は智子に尋ねた。
知ってるもなにも智子はこの飲み方自体が初体験なのだが……。
「知らない。教えてくれる?」
「うん、いいよ」
そう言うと妹は舌をペロッと出し、それで缶の穴を塞いだ。
(下品だ! これまでに輪を掛けて下品だ!)
舌で穴を塞いだ妹は缶と頭部を一緒に上下に動かす。
目は見開き、鼻の穴はこれ以上ないくらいに広がっている。
(大丈夫なのか!? このまま気絶したりしないのか!?)
隣を見ると姉も同じ方法でヘッドバンギングを始めていた。
(姉も!!!!!!)
コ―――――――ッ
「どう?」
笑顔の妹の表情は清々しいものである。
(やるしかねえな……)
智子は意を決し姉妹と同じことをした。
コ―――――――ッ
「上手! 上手だよね、お姉ちゃん!」
「うん、すごい上手!」
「へへ……」
智子は嬉しかった。
こんなくだらないことでも、褒められると嬉しいものなのだと智子は知った。
「歯ブラシは持ってきてる?」
「うん、リュックの中に入ってる」
「あっちに洗面所があるから、一緒に磨きに行こ!」
「うん!」
歯を磨くため、智子は姉妹とともにその場をあとにした。
寝るまでの時間をどうやって潰そうかと悩んでいた1時間前が今では嘘のように
あっという間に時間は過ぎ去った。
48年間見たことも聞いたこともなかった遊び方をまさか初対面の小学生から習
うことになるとは……。
世の中にはまだまだ自分の知らない奇妙な世界があるのだなあと思い知らされる
智子なのであった。




