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133 漬け物がもっと欲しい……

 人類発祥の地は奈良であるというよく分からない話を聞かされた智子たちは、法

被を着たスタッフから何度も、「おかえりなさい」と言われながら中央広場をあと

にした。


 6人は引率の宇部靖男に連れられて歩いた。


(今歩いてる道は奈良教の私有地なのか?)


 そこはアスファルトで舗装されたしっかりとした道路であるが、辺りには教団の

施設の利用者らしき集団と法被を着たスタッフしかおらず、智子にはここが公道だ

とは思えなかった。


(教団のためだけに造られた公道の可能性もあるか。経済効果は絶大だろうし) 


 教団のスタッフたちは、行儀よく歩く見た目が6才の智子がまさか頭の中ではこ

んなことを考えているとは想像もできなかった。    



 大きな食堂に通された7人は昼食にカレーライスを提供された。


 智子はカレーを食べながら進介の方をチラチラ見ていたのだが、林間学校の時に

本人が言っていた通り、進介はできるだけルーは食べないようにしながら具とごは

んだけを食べ、ルーは皿に残して食事を終えた。


 食堂を出て歩きながら智子は進介に話しかける。


「お前、本当にカレーは残すんだな」

「はい。ごはんと具だけ食べてルーを皿の底に伸ばすと、完食したっぽく見えるん

です」


(そんなわけねえよ)


 智子は口には出さず、心の中でつっこんだ。



 遅い昼食を終えた7人は石畳の道に差し掛かった。


 その細い道の両側には竹が植えられており、「竹林の小径」となっていた。


「竹だ……」 


 陸斗は竹を見て「竹だ」と呟いた。

 

 そこは歩いてみるとなんとなく涼しげで、たったの数十メートルの距離ではあっ

たが智子はとても気分がよくなった。



「野球部の練習でも見にいこうか」 


 靖男はそう言うと、「私立奈々高校」の野球部のグラウンドに6人を連れていっ

た。


 バックネット裏にはコンクリートでできた観客席があり、智子たちはそこに並ん

で座った。


 土のグラウンドでは守備練習が行われているところだった。


 練習用の白いユニホームで動き回る選手たちは高校生とはいえ全国大会出場常連

校に入学しているだけのことはあり、肩幅は広く胸板は厚く、まるで大人のような

立派な体型であった。



 野球部の練習を30分ほど見学した6人は、続いてラグビー部のグラウンドに入

れてもらった。


 この日はラグビー部の練習は行われておらず、天然芝が美しく輝いている。


 広々としたグラウンドを歩く6人、時刻は4時を過ぎ少しだけだが秋の雰囲気が

感じられる。


「とんぼだ!」


 朝陽の声に反応した智子は空を見上げた。


 するとそこには、数百、もしかしたら千を超える数の赤とんぼが隊列を成して飛

んでいた。


「すげー! 同時に動く!」

「くっ、くって動く!」

 

 6人は手の届かない高さを飛行する赤とんぼの大群を、同じ速さで走って追いか

けた。


「新山、余計なことするな!」


 ジャンプをして赤とんぼの隊列を乱そうとした拓海を智子は叱りつけた。  


「とんぼ、意外と速い!」


 速度を緩めずに飛び続けるとんぼの群れを智子たちの足で追い続けるのは不可能

であった。

 まずは智子が脱落し、陸斗、進介、拓海の順に足を止め芝の上にへたり込んだ。


「人はとんぼにすら追いつけない生き物である……」


 朝陽と賢一も追うのを諦めたのを見て智子は呟いた。


 

 宿舎への道すがら、6人の会話はとんぼ一色であった。


「とんぼってあんなすごい群れを作るのかあ」

「こういう自然に囲まれた場所に来ないと見られないよなあ」

「あれを見られただけで3千円の元は取れたよな」

「ほんとほんと」


 ここに来るまで智子は、この旅がなにを目的としたものなのか分かっていなかっ

た。   

 座禅を組んだり読経体験をしたりといった「仏教的」なイベントに参加をするも

のだと予想をしていたが、実際に来てみると奈良の自然に触れるだけの子供向けの

夏休みツアーのようなものであった。


(まだ初日の夕方だしな。寝る前に説法を聞かされるかもしれないし、油断するの

は早計だぞ。奈良教の真意をこの目で確かめないと) 


 智子がこの旅に同行すると決めたのは、教師として潜入調査をするつもりであっ

たからなのだ。



 宿舎に着いた7人は、昼食が遅かったため食事よりも先に風呂に入り、食堂が空

いたタイミングで夕食となった。


 メニューはごはん、コロッケ、サラダ、漬け物と味噌汁である。


「美味そう!」  


 朝陽が子供らしい感想を口にする。


 智子は内心、「参加費3千円だし、まあこんなもんだろうな」と思っていたが、

もちろんそんなことは口にも顔にも出さない。


「ともちゃん先生、残念なお知らせです……」

 

 泣きそうな顔でそう言ったのは進介である。


「なんだよ、残念って」

「このコロッケ、カレー味です」

「は?」


 智子がコロッケに箸を入れ割ってみると、中は黄色でほんのりカレーの香りがす

る。

 

「かぼちゃコロッケってことはないか?」

「完全にカレーの匂いがしてますよね?」

「まあな……」


 智子は別にカレー味でも残念ではないのだが、ちょっとだけ進介に気を遣い声を

落とした。


「ともちゃん先生の漬け物とぼくのカレーコロッケ、交換してくれません?」

「嫌だよ。私そんなに食べられないもん」

「漬け物がもっと欲しい……」

「お前、21世紀とは思えない呟きだな」


 ここで、2人の遣り取りを聞いていた朝陽と陸斗が口を挟む。


「コロッケいらないの? 漬け物と交換? いいよ」

「俺も。コロッケ半分でいい」


 進介は無事、1つのカレーコロッケで2人分の漬け物を手に入れた。


「これで安心にごはんを消費できる……」


(安心に消費できるってなんだよ)

 


 ご機嫌な様子で食事を始めた進介を、智子は不思議そうな顔で見つめた。


 他の者がむしゃむしゃ食べる中、ぼりぼりという音を際限なく出し続ける進介に

智子はちょっとだけイラッとするのであった。

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