表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/144

13 大人の世界

「ともちゃん先生」


 給食後の掃除の時間、見回りをしていた智子に声を掛けたのは真美だった。 


「どうした? 市川」


 周りを見渡し他の生徒を気にする素振りを見せた真美は、腰をかがめ智子の耳元

に口を寄せた。


「昨日のPTAの役員決めで、相内くんのお母さんが泣いたって聞いたんですけど、

本当ですか?」

「ああ……。聞いたかその話……」


 智子は眉間に皺を寄せ、目を閉じた。嫌なことを聞かれたといった感じだ。


「はい。昨日の会合にはうちのお母さんも参加してたんですけど、相内くんのお母

さんが泣いたって言うだけで、それ以上の詳しいことは教えてくれないんです。な

にか事件でもあったんですか?」

「いや別に事件ていうほどでもないんだが……」


 滝小学校では4月にその年度のPTA初会合が行われる。そこで1クラス2名の役

員が選出されることになっている。

 まずは立候補者を募るのだが、それですんなりと決まることはまずない。そこで

仕方なく、多数決をとることとなる。


「立候補っていないんですか?」

「まず、いないな。役員になってもたいした仕事なんて無いんだけど、みんな面倒

臭いのか、やりたがらないんだ」


 昨日の6年1組の会合でも立候補者はおらず、多数決をとることとなった。

 その結果、相内と明石の母がクラスの役員に決まったのだが、そこで相内の母が

泣き出したのだった。


「そんなに嫌だったんですかね」

「泣くほどのことでもないだろうと思うだろ? でもな、理由を聞いてみると分か

らなくもないんだよ」

「どういうことですか?」

「それが相内のお母さん、これまで5年連続で役員をやってきたらしいんだよ」

「1年の時から毎年ですか?」

「そう、毎年」

「なんでですかね。相内くんのお母さん、人気があるとか?」

「社交的な感じではないから特別人気がある風には見えない。かといって嫌われて

るっていう感じでもない」

「じゃあ、なんでだろ?」


 真美は不思議そうに首を傾げた。


「相内のお母さん曰く、『毎年、名簿の1番上に名前が載るからそれで自分が選ば

れる』っていうことらしい」

「ああ、なるほど」


 真美は納得したように頷いた。 

 滝小学校のPTA役員決めの際は、誰が誰に投票したかを分からなくするため、全

員の名前の入った紙を配りチェックを入れて貰うという方式をとっていた。五十音

順のため、「相内」という名前は必ずその名簿の1番上になる。自分が毎年選ばれ

るのは、そのためだというのが彼女の言い分だった。


「1番上の相内と2番目の明石が選ばれてるし、おそらく相内のお母さんの言う通

りなんだろうな」

「毎年それだと確かに嫌になるかも。出来レースみたいだし」

「でもな、相内のお母さんの涙が他のお母さんたちの心を打ったのか、中井のお母

さんの提案で再投票をすることになったんだよ」

「そうなんですか? なんだ、良かった。それで、結果はどうなったんですか?」

「相内と中井のお母さんに決まった」

「うわっ」


 真美は思わず声を上げた。もう1度相内の母が選ばれただけでなく、再投票の提

案をした中井の母まで選ばれたことにドン引きである。


「な? 怖いだろ? これが大人の世界なんだぞ」

「もう、その2人で決まりなんですか?」

「そらそうだ。2回も多数決とったんだからな。あとは3回やろうが4回やろうが

結果は変わらんだろ」

「2人のお母さんは納得したんですか?」

「してる訳ないだろ」

「じゃあ、駄目じゃないですか」


 2人の母と同じように、納得できない様子の真美。そんな真美を説得するように

智子は優しく語りかける。


「あのな、多数決をとってる時点でもう納得とか無いんだよ。誰になっても負けな

んだよ。だから、逆にこれでいいんだ」

「逆って……」

「あえて敗因を挙げるとすれば、2人は目立ちすぎたんだよ」


 真美は全く理解ができないという表情だ。


「もうあんまし大人の世界に首を突っ込むな。お前も無邪気でいられるのは今のう

ちだけだぞ。だから、今を楽しめ」


 そう言うと智子は去って行った。


 残された真美は腑に落ちない表情で、シミの付いた床を、ボロボロの箒で掃き続

けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ