表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/217

128 菊池のことはもうフォローできない

 生徒たちは肝試しを終え続々とゴールをする。


 あんなに恐がっていた生徒たちも終わってみればみんな大きな声で「たいしたこ

となかった」と笑い合っている。


 ハイテンションな彼らだが、1時間後には全員テントの中でぐっすりなのだから

子供というのはすごい生き物である。



「隼人の話、聞いたか」   


 2組の遠野隼人について蓮は話し出す。


「ともちゃん先生のいる街灯の下を左に曲がったあとも左回りに1周するだろ?

なのにあいつ、その先を直進しちゃったんだ」

「え? その前に、まばらがいただろ?」


 まばらとは2組担任の菊池のことである。


「そのまばらが隼人には道案内をしなかったんだ」

「なんで? なんでしないの?」

「あいつ、隼人のことが嫌いなんだよ」

「そんな理由で?」


 生徒が迷子になればその責任は教師に向かうのだから、本来ならば道を間違えた

生徒を教師が無視をするというのはありえないことである。


 しかし、それがまばらのこととなると話は違った。


 男子たちは皆、「まばらならありえるかもしれない」と思ったのだ。


「で、隼人はどうなったの?」

「森を抜けて外に出た」

「森の外に出たの?」

「そう。アスファルトの道路があって、プリウスが猛スピードで走ってたって」

「すぐ外にそんな大きな道があるの!?」


 話を聞いていた男子たちは、森が自分たちの想像よりも遥かに小さいことに驚い

た。


「そんなすぐの場所に車が走ってたのか……」

「考えてみれば、到着してバスを降りてから、ここまでそんなに歩いてなかったも

んな……」

「ああ……確かに」


 蓮たちは、異世界に来たと思っていた自分たちが実は都会と地続きの生活圏にい

ると気付き、少し鼻白む思いがした。



「少年よ歯を磨け!」


 落ち込む蓮たちに戻ってきた智子が、「少年よ大志を抱け」っぽく歯磨きを促し

た。


 肝試しが終わってはしゃぐ他の生徒たちと違い、蓮たちが落ち込んでいることに

智子は気が付いた。


「ん? どうした? 誰か怪我でもしたのか?」

「いや、違うんだよ――」


 蓮はすぐ近くにアスファルトの道路があることとプリウスが猛スピードで走って

いたことを智子に話した。


「地元の人ってスピード出すよな。慣れてる道だからだな。で、それがなに?」

「俺たちはもっと森の中でキャンプをしてると思ってたから……」

「あー、そうか。お前らもお前らなりに夢を見てたんだな。でも、昼間のオリエン

テーリングの時に民家の横を通ったろ? ああいうお家の人たちも別に森のキノコ

だけを食って生きてるわけではないからな。車を使って町に出て、私たちと同じよ

うな生活を営んでるんだぞ」

「せめてもうちょっと道から離れてくれればよかったのに……」

「あんまり無茶言うなよ。なんかあったら救急車にすぐ来てもらわなきゃならない

んだし。そういう大自然のキャンプをやりたいのなら、大人になってから自己責任

でやるしかないな」


 智子の言葉に男子たちは納得した。


 人間というのは、本当にやりたいことは大人になるまでできないものなのだ。


「じゃあ、順番に歯を磨いて――」

「ともちゃん先生」

「なんだよ、国木田。今ので話は終わっとけよ。ちょっとは空気読め」


 蓮は流れを遮ってでも聞いておきたいことがあった。


「さっき、2組の遠野隼人ってやつが迷子になったんですけど」

「そうなの? 無事に戻ってきてる?」

「戻ってます」

「よかったー。1組の人数だけ数えたから知らなかったよ」

「その隼人が道を間違えたのは菊池先生が教えなかったからだって、噂なんですけ

ど本当ですか?」

「そんなわけないだろうが! 生徒になんかあったら大問題なんだぞ! わざと道

を教えないなんてことあるわけない!」


 噂を即座に否定する智子。

 しかし蓮は引き下がらなかった。


「それが菊池先生でもですか?」

「……」

「菊池先生、隼人のこと嫌ってるらしいんですけど、それでもないって言い切れま

すか?」

「それは……」


 智子は咄嗟に言葉が出てこなかった。


 智子の脳内には、校長や教頭に媚びへつらう菊池の姿が浮かんでいた。


「菊池先生なら、あるかもしれない……」


 苦渋に満ちた表情で智子は呟いた。


「湊川先生! そんなことあるわけないじゃないですか!」


 智子をたしなめたのは坂本だった。

 それまでは隣で黙って聞いていたのだが、智子が生徒とともに菊池のことを悪く

言い始めたのでそうはいかなくなった。


「坂本先生は菊池先生の本性を知らないから……」

「本性ってなんですか! 菊池先生が犯罪にでも手を染めたっていうんですか!」

「ほぼ、そうです」

「ほぼとかないです!」


 智子は「菊池のことはもうフォローできない」といった様子で佇む。

 そんな智子の代わりに坂本は生徒たちを動かす。


「みなさん、歯を磨いたらトイレを済ませてテントに入ってね。夜更かしは駄目だ

よー」



 林間学校最後の夜、図らずも智子が菊池のことを「ほぼ犯罪者」だと思っている

ことが露呈した。


 智子がそんな告白をしたのは森の妖精の仕業なのかもしれない。


 森は全てを知っている。


 子供になった智子のことも、菊池の心の闇さえも……。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ