表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/217

126 怪談と元気玉

 2度目の夜の帳が生徒たちを包み込む。


 耳を澄ませばきっとフクロウの鳴き声が聞こえてくるのだろうが、それよりも生

徒たちは次の予定に頭が一杯であった。



 肝試し――漫画やアニメでは夏の定番として描かれることが多いが、現実の世界

では決してメジャーとは言い難いイベントである。


 ほとんどの生徒にとって人生初の肝試しが今晩行われる。


 生徒たちにとってはフクロウなどどうでもいいのだ。


 2人1組で回る肝試しのパートナーが誰になるのか、くじ引きによって決まる自

分の相手が誰になるのか、生徒たちが今気になるのはそれだけだ。

 

 フクロウなんて本当にどうでもいい。



 集められた生徒たちは地面に腰を下ろし、次の指示を待つ。


 くじ引きでパートナーが決まりすぐに肝試しが始まると生徒たちは思っていた。


 しかし生徒たちの前に立った佐久間が始めたのは、くじ引きではなく怪談であっ

た――



「これは今から50年前、昭和40年代の頃の話だ」



 とある夏休みに大阪の大学に通う男性3人が森に住む生物の研究のためにこの地

を訪れていた。


 彼ら、AとBとCは2段ベッドが2つある部屋で共同生活をしていた。


 3人は森での研究に没頭し、有意義な時間を過ごしていた。


 そんなある日、AとBはあることに気が付いた。

 それは、毎日夜中になるとCが部屋を出てどこかへ行くということだった。


 最初は2人ともトイレに行っているのだろうと気にも留めなかったが、しばらく

して少し不自然なことが2つあることに気が付いた。


 1つ目は時間の長さ。

 Cは毎晩、部屋を出て1時間近くも戻ってこない。

 1時間という時間はトイレにしては少し長すぎる。


 2つ目はCの呼吸。

 Cは戻ってくると必ず激しく息を切らしていた。

 トイレに行って帰ってくるだけでどうして息が切れるというのか。

 

 2人は相談の結果、今晩こっそりCのあとをつけることにした。

 きっとCはどこかで村の女と逢い引きをしているに違いない……そう言ってAとB

は笑った。


 運悪くその日は夜から大雨になった。


 深夜2時過ぎ、Cはいつものようにベッドから起きると部屋を出ていった。


 AとBはどうするか迷ったが、今日行くと決めたのだからと予定通りにあとをつけ

ることにした。 


 雨の中、レインコートを羽織ったAとBはCのあとを追う。

 幸い雨の音で足音は掻き消され、2人はすぐにCに追いつくことに成功した。 


 Cは木の根っこに気を付けながら森を抜け、開けた場所に辿り着いた。

 ずぶ濡れのCが辿り着いた場所、それは墓場であった。


 森の中に身を隠しAとBが覗いていると、Cはとある墓の根元を一心不乱に素手で

掘り始めた。 

 次の瞬間、AとBはどちらともなく宿舎に向けて駆け出していた。


 宿舎に戻りベッドに入ったAとBはシーツを頭から被り心を落ち着かせようとする

が、震えが止まらずどうしようもなかった。


 それから30分ほどが経過した時、Cが宿舎に戻ってきた。


 Cはいつものように音を立てぬよう、静かに扉を開ける。


 AとBは起きていることが気付かれぬよう、震えながらも必死で息を殺している。


 扉を閉め終わったCはベッドに戻る様子はなく、じっとしている。

 

 すると次の瞬間――



 「見たな!!」 



 Cの出した大声により、AとBは心臓発作を起こしその場で死んでしまった。



「Cは玄関からベッドまでAとBが残した雨水を見て、自分があとをつけられていた

ことを知ったんだ。もしもその日が雨でなければ、AとBの2人が死ぬことはなかっ

たんだけどな」


 佐久間の話を聞いた生徒たちは皆、恐怖で顔がひきつっている。


 もちろん智子はそれ以上に全身がひきつっている。


「彼らが寝泊まりしていた宿舎は今は閉鎖をされていて入れないが、建物自体はそ

こに残っているから、肝試しの途中に確認してみてくれ」


 現場となった宿舎が現存しているという事実に生徒たちは戦慄した。


 智子はショックのあまり、保健の坂本教諭にしがみつき震えている。


「3年前に来た時、行きのバスガイドさんがこの話をしてくれて驚いたことがあっ

た。地元では有名な話なんだな」


 やはりこの話は佐久間先生の創作ではなく実話なのか……生徒たちは事件のあっ

た現場での肝試しに絶望を感じた。


 智子は坂本の足にしがみつき顔をうずめ、震えながら現実逃避をしている。



「それじゃあ、くじ引きするぞー。男女別々に引いて、同じ番号のもの同士で回っ

てもらうからなー」


 佐久間が突然いつもの調子に戻ったことに違和感を覚えた生徒がちらほらいたも

のの、多くの生徒たちは怪談の余韻に浸り恐怖していた。


「宿舎ってあそこのコンクリートの建物だろ? 昼間見たぞ」

「バスガイドも話してたってことは、佐久間先生の作り話じゃないよな」

「墓の下を掘って、なんか意味あるのか? 日本は火葬だぞ?」

「でも、昭和40年代だしまだ土葬をしてたのかも」

「ああ……。大昔だもんなあ」


 生徒たちは自分の肝試しのパートナーが誰なのかよりも佐久間の怪談の方が気に

なって仕方がなかった。


 そんな状況にも冷静な男が1人いた。

 諒である。


「人間ってそんな簡単に死ぬものかな。しかも2人同時に。仮にそうだとしても、

『見たな』が原因かどうかは分からないだろ。死人に口なしなんだから」

「警察の取り調べでCが供述したんじゃないか?」

「どうしてそんなこと言うんだ?」

「警察の取り調べなら言うだろ」

「墓場を荒らしたことも? 言わなければばれないのに、自分から告白する?」

「それは……」


 冷静な諒の口ぶりに、震えながら聞いていた智子は歓喜した。


「そうだ! 桐谷の言う通りだ! もっと言ってやれ!」

「仮にこの話が本当だとしても、Cは朝になってから救急車を呼べばいいだけ。そ

うすれば原因不明の突然死で処理されて終わり。そんな話が後世に残るわけない」

「そうだそうだ! 桐谷の冷静でつまんない態度こそ正しいんだ! もっとくれ!

私にお前のつまんない論理的な話をもっとくれ!!」



 智子の大声にフクロウなど、近くにいた森の生き物たちは逃げてしまった。


 智子はそんなことはお構いなしに、みんなの『元気』を集める悟空のように諒に

向けて力一杯両手を広げるのであった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ