124 カレーが嫌い
オリエンテーリングを無事に終えると生徒たちは夕食の準備に取り掛かる。
オリエンテーリングと違い食事はクラスの班ごとに行われる。
メニューはカレーライスでサラダなどの副菜は一切なし。
滝小学校の林間学校の2日目の夕食は、この気の利かないメニューを何十年も続
けている。
生徒たちは野菜を切る係、米を研ぐ係、火をおこす係に分かれて作業を始める。
まだ2日目だというのに生徒たちの手際は前日と比べて明らかによくなっており
わずかながらも成長が感じられる。
「じゃがいもの芽はちゃんと取れよー」
智子の声が炊事場に響く。
「じゃがいもの芽を食べちゃうとどうなるの?」
「おなかが痛くなるんだよ」
「え! 死ぬんじゃないの!?」
「死なねえよ。というか、そんなリスク犯してまで食いたくねえだろ、たかがじゃ
がいもなんか」
じゃがいもの芽を食べると即死すると思っていた健太に智子はつっこんだ。
実は智子も子供の頃は健太と同じ勘違いをしていたのだが、教師の威厳を守るた
めそのことは黙っている。
生徒たちは楽しく、夢中でカレーライス作りに没頭した。
作業の遅れがみられる班には担任が助け舟を出し、日が西に沈む頃には全ての班
が揃って席に着くことができた。
「「いただきます!!」」
オリエンテーリングで歩き回り大量の日の光を浴びた生徒たちの空腹を、炊きた
てのごはんとカレーが満たしていく。
林間学校の醍醐味の全てがここに詰まっていた。
担任教師は改めて各班を回り、料理の出来を確かめていく。
野菜は適切な大きさに切られちゃんと火は通っているか、水の量が適切でごはん
とカレーが水っぽくなっていないか。
ルーは市販のものを使ったため確認するのはそれくらいである。
背の低い智子は靴を脱ぎ、生徒たちが並んで座るベンチの上に立ち各班のカレー
を順番に見る。
「ふむふむ。美味いか?」
「うん。カレー」
「そうだな」
春馬の口にした、「カレー」の一言で全てを察した智子は次の班へと移動する。
智子は再び靴を脱ぎ、木のベンチの上に立ちカレーライスを覗いた。
どの皿の上もカレーライスの色は同じである。
それはカレーライスに限った話ではなく、大抵の料理は同じ鍋やフライパンで作
られたのであれば同じ色になるはずだ。
焼きそばならソースの絡まった麺の茶色とキャベツの緑や人参の赤、クリームシ
チューなら白と少しの人参の赤、そしてカレーライスならカレーの黄色と端っこに
少しだけ見えるごはんの白。
カレーのかけ方によっては白の面積が大きくなることもあるが、本来ならば同じ
机の上でそれほど大きな違いは出ないはずである。
しかし、その班は違った。
1人だけ明らかに違う食事をしている者がいた。
「おい、高平! なんだよそのカレー! すかすかじゃないかよ!」
進介の皿には、ごはんは他の生徒と同じ量が載っているもののカレーのルーはな
く、カレー味のじゃがいもや人参、たまねぎ、豚肉がぽつぽつと載せられてあるだ
けであった。
「お前、いじめられてるのか……」
異様なカレーライスもどきを食べている進介に智子は泣きそうな顔で言った。
「違いますよ。それ、進介自身がよそったんです」
「え? 本人が?」
咀嚼していたじゃがいもを飲み込んだ進介が、ここでようやく口を開く。
「はい。自分でこうしました」
「こうしましたって……なんでだよ。お前、カレーライス知らないの?」
「知ってます。食べたこともあります」
「じゃあなんで、林間学校でいきなりそんなトリッキーなことするんだよ」
「ぼく、カレーライス嫌いなんです」
「!」
智子は驚いた。
カレーライスが嫌いだなど、生徒の口から最も出てこないフレーズ第1位である
と思っていたから。
「ジョークだよな……」
「本気です」
「カレーって、わんぱくキッズに大人気なんだぞ? まあ、以前からお前はわんぱ
くとは程遠い色白虚弱野郎だとは思っていたけれども」
「ぼく、給食のカレーも本当は食べたくないんです」
「なんで? 宗教上の理由?」
「違います。カレー禁止の宗教なんて多分地球上に存在しないです」
「じゃあ、なんでだよ。納得のいく説明をしてくれよ」
「ぼく、辛い物が嫌いなんです」
「!」
智子は再び言葉を失った。
(子供用のカレールーが辛いだと!?)
「大人用ならまだしも、子供用なんだからたいしたことなんかないだろ!?」
「でもちょっと香辛料が入ってるじゃないですか。それが嫌なんです。食べると汗
が止まらなくなるんです」
「アレルギーか?」
「うーん、どうなんだろう。もしかしたら、そうなのかも」
野菜と肉は食べているんだし、本人が嫌なのであればカレーは食べなくても別に
構わない。
しかし、進介は本当にこれからの人生をカレーを食べずに遣り過ごせるのであろ
うか。
(高平、お前は性格から体質までとことん生き辛い遺伝子を持って生まれてきたん
だな……)
楽しいはずの林間学校のカレーの時間に教え子の将来を憂う智子なのであった。




