123 オリエンテーリング、迷う。
午後の1つ目の予定は、「オリエンテーリング」であった。
生徒たち1人1人に紙の地図が配られ、彼らはそれを頼りにチェックポイントへ
向かう。
昨夜のキャンプファイヤーの時に出し物をした班ごとに、今度はゴールを目指す
のだ。
「全員帽子を被って、水筒を忘れないように!」
熱中症対策を怠らぬようにと佐久間は生徒たちに呼びかける。
「どうしても分からない場合は近くにいる先生に聞いてもいいからな! 全員迷わ
ずにゴールに辿り着けるように協力をして頑張ってくれ!」
佐久間の合図でスタートをした生徒たちは配られた地図を見ながら仲間との相談
を始めた。
スタート地点はテントから数分の場所で、そこはまだ森の中である。
気温が高いせいか蝉の鳴き声は聞こえず、風に揺れる木々の乾いた音が森の囁き
のようだと進介は思った。
「あれ? 颯介の班、真っ直ぐ下に行ってる……」
親友の颯介の背中が三叉路の先に遠のいていくのが見える。
「班ごとに違う地図が渡されてるんだろうな」
班長の辻井誠也は言った。
進介の班に渡された地図には、1つ目のチェックポイントは左折した先に星マー
クで描かれている。
この時点で地図を読み間違えることはありえないので、誠也の言う通り班ごとに
違う地図が渡されているのだと進介も納得した。
「うちの班は下らずに左折して……。あれ? Y字路だけど、どっちだ?」
渡された地図には多くの線が記されており、普段はネット上にある町の地図しか
見ない進介は戸惑った。
「多分、左だろ」
誠也の言葉に他のメンバーも頷く。
この班には自己主張をする者が誠也しかいないため、揉めることもなければ議論
になることすらない。
前日に行われたキャンプファイヤーでの劇も誠也の作・演出であったし、この班
は誠也のワンマンチームなのである。
進介たちは左に曲がり、その先の分かれ道もなんの迷いもなく道なりに進んだ。
そこは彼らにとっては初めての場所で、両脇を20メートル以上もあろうかとい
う木々に挟まれた緩やかなカーブを描いた砂利道であった。
進介たち6人は陽の光を浴びながら、次の分かれ道まで地図は見ずに、談笑をし
ながら歩いた。
400メートルもの長さのその道の突き当たりに、智子は校長とともに立ってい
た。
智子たちのいる場所は森の中で、その先の砂利道のように陽の光は当たらないの
で日焼けの心配がなく、智子は少しだけ機嫌がよかった。
配置される場所によっては終了までの2時間、炎天下の中で立ち続けなければな
らない。
「ところで校長先生」
「なんですか、ともちゃん先生」
「私たちって必要なんですかね」
そう言うと智子は改めて地図を見る。
生徒たちが回る予定のチェックポイントが示されているが、班ごとに行く順番が
違うだけで地図自体は全員共通のものだ。
「この地図を見て、こっちに来ることなんてありますかね? どう見ても方角が違
うでしょ」
「最近の子供たちはそもそも地図が読めないんですよ。アプリを使えば現在位置を
教えてくれますから、読む必要がないんです」
「まあそうですけど、それにしても……」
「毎年ここに来る班がいますよ。それも複数」
「今年は班決めを慎重にしましたから、どの班にもしっかりとしたリーダーが配置
されていますよ……。あれ? 高平?」
視線の先に進介の所属する班が現れたことに智子は驚愕した。
「お前らなにやってんだよ!? なんでこっちに来ちゃったの?」
進介たちは智子の顔を見て安心をした顔をする。
「ここが第1チェックポイントですか? 思ったより遠かったなー」
「遠かったなーじゃないよ! なんでこっち来ちゃうんだよ!」
進介ら6人は一様に、きょとんとした表情を見せる。
「ここじゃないんですか?」
「違うよ! ちゃんと地図見たのかよ!」
「えー……。見たはずだけどなあ」
6人は畳んでいた地図を広げ、来た道を指で辿る。
「こっからこうでしょ。で、こう」
「違うだろ」
「え? 違う?」
「スタート地点がここだろ? まずはそこから左、そこまではいい。問題はその先
だよ。なんでここで左の方に進んじゃうんだよ。違うだろうが」
「ん?」
「お前ら、歩いてる道がカーブしてることに気が付かなかったのか?」
「あ、そうか」
智子に指摘され、ようやく誠也は間違いに気が付いた。
道が曲がったことで自分たちの身体の向きが変わっていたにもかかわらず、それ
を無視して進行方向を決めていたため狂いが生じていたのだ。
「そもそもチェックポイントまでにこんな長い道は通らないだろ。歩いてて違和感
はなかったのかよ」
「歩いてる時は雑談してたので……」
「雑談してても地図は見るだろ?」
「畳んでました」
「なんでだよ! 地図を読みながらゴールを目指すゲームだぞ! なんで地図を畳
んじゃうんだよ!」
「だって、直線だったから……」
進介はそれが当然だと言わんばかりに困惑した表情を見せた。
「あのな、実際の道と地図上の道の比率は同じなんだよ」
「?」
「お前らが迷ったY字路から第1チェックポイントまでの距離がこうだろ? それ
に対してこの道の長さがこれだ。どう考えてもこっちの方が長すぎるだろ」
「あー、確かに」
「だから、地図を見てれば途中で気付けたんだよ」
「なるほどなー」
適当に歩いてきた進介たちは智子の言葉で初めてオリエンテーリングのやり方を
知った。
「水筒以外に荷物はないんだから、地図くらい見ろよ。これが終わったらすぐに夕
食作らなきゃならないからな。ぼやぼやしてたら時間なくなるぞ」
「「はーい」」
進介たちは子供らしい返事をすると、元来た道を戻っていく。
するとその先から別の班が姿を現したではないか。
「あ、諒だ」
「おう、進介と……ともちゃん先生もいるの?」
「桐谷!?」
智子はクラス1の秀才、桐谷諒の登場に誠也の姿を見た時以上に驚愕した。
誠也に続き諒も私立中学受験組であり、智子が安心して見ていられると思ってい
た生徒の1人であった。
その諒までもが間違えた道をこんな遠くまで歩いてくるとは……。
「この道違うの?」
「違うってさ。ちゃんと地図見ろって、ともちゃん先生にめっちゃ怒られた」
呑気に笑う2班は改めて地図を見ることもなく、チェックポイントを目指して再
び歩き始めた。
青空の下、智子はそんな彼らを見て、「楽に生きる」ことの重要さを学んだ気が
したのであった。




