117 荒ぶる智子
滝小学校のキャンプファイヤーでは、燃え盛る炎の前で班ごとに出し物を披露す
るのが決まりとなっていた。
班は6人もしくは7人で、クラスを越えて編成されている。
生徒たちが披露するのは、ほとんどがオリジナルの劇でたまにアイドルの曲に合
わせて踊る班があるくらい、毎年そんな感じである。
今年もそれは例外ではなく、多少の盛り上がりを見せながらも淡々と時間は進ん
でいった。
最後に行われるのは、これもまた毎年恒例の先生たちによる出し物である。
先生たちは音楽に合わせてダンスを踊るのだが、その前に自らのあだ名を披露す
る。
「さくちゃんです」
「あやちゃんでーす」
「まっちゃんです!」
名前の一部を切り取り、「ちゃん」を付けるだけなのだがいつもと違う先生たち
の様子に生徒たちは盛り上がる。
「ハゲちゃんでーす」
陰で生徒たちから、「まばら」と呼ばれているバーコード禿げの菊池が、4月以
来初めて自分の頭をネタにしたことで生徒たちの間から笑いが起こる。
嫌われ者の菊池ではあるが、自虐ネタだけは生徒たちから評価されたようだ。
そしてそれ以上の盛り上がりを見せたのはもちろん――
「ともちゃんでーす」
「「キャー」」
「ともちゃん、かわいいー!」
智子のかわいらしい自己紹介に生徒たちからは黄色い声が上がる。
生徒たちを楽しませるのが目的なのでこれでいいはずなのだが、残念ながら智子
に笑顔はない。
智子は精神年齢が6才児になっているとはいえ48才のプライドが残っているた
め、かわいい子供扱いには納得がいかないのだ。
「それでは聞いてください。『愛スクリーム!』」
智子の曲紹介とともに音楽が流れ、先生たちは踊りだす。
先生たちはこの日のために、生徒たちの間で流行っているこの曲を放課後ひそか
に練習していたのだ。
先生たちのぎこちないダンスを生徒たちは笑顔で見守る。
そして、有名なあのパートに差し掛かる。
「さくちゃーん」
「はーい」
「なにが好き?」
「チョコミントよりも算数」
「ハゲちゃーん」
「はーい」
「なにが好き?」
「ストロベリーフレイバーよりも育毛剤」
「ともちゃーん」
「はーい」
「なにが好き?」
「クッキー&クリームよりも あ・な・た」
菊池の育毛剤が1番の盛り上がりかと思われたが、やはり智子のかわいさがそれ
を凌駕し、生徒たちが大喜びする中で出し物は終えた。
退場する智子に生徒たちは声援を送ったが、智子は彼女たちに視線すら送らず完
全無視である。
断固として生徒には媚びない、それが智子の流儀である。
一息つくと佐久間の合図で「今日の日はさようなら」を生徒たちは合唱した。
隅っこでは智子と校長が火を持ってくる時に着ていた白装束に着替えているのだ
が、もはや生徒たちに隠す気ゼロである。
歌が終わると校長がまた生徒たちに言葉を贈る。
「明日から――火の――赤々と――火は――終わろうと――火は――火は――」
水分不足に陥った校長の咽喉はもうカスカスであり、生徒たちには何ひとつ伝わ
らない。
「もう夜も遅くなってきました。この場所を野生の動物たちに譲る時です!」
智子の大きな声を聞き、生徒たちはキャンプファイヤーの終了なのだと悟った。
「生徒たちは退場してください!」
智子は薬を飲んで昼寝をしたおかげで、まだ眠くはない。
しかしそれでも体力の限界は近く、少々やけになっている。
「早く退場しろー! キャンプファイヤーはもう終わりだー!」
さっきまでルビィちゃんになりきっていた智子が急にやけになっているのは、生
徒たちからかわいいと言われたのが原因の1つでもあった。
そのことは生徒たちもなんとなく気付いていたが、それも含めて彼らは幸せだっ
た。
キャンプファイヤーが楽しかったうえに、やけになり暴れる智子を見ることがで
きたのだから。
夏の日の夜、幻想的な火の光とともに荒ぶる智子の姿を存分に目に焼き付ける生
徒たちなのであった。




