116 山の神
夕食の片付けが終わるころには辺りは暗くなり、身体の痩せている生徒にとって
は半袖半ズボンでは肌寒さを感じる気温になっていた。
旅のしおりによると、1日目の次の予定はキャンプファイヤーとある。
教師たちはスマホで連絡を取り合い、準備が完了したことを確認し、生徒たちを
移動させる。
クラスごとに整列をした生徒たちは、夜の森を新鮮な気分で進んでいく。
いつもなら家でテレビを見るか、スマホをいじるか、ゲームをしている時間であ
るが、今はそのどれにも興味が湧かない。
生徒たちは涼しげな虫の音を聞きながら、新しい発見をするために広場へと向か
う。
広場の中央には、「井」の形にキャンプファイヤー用の木が組まれている。
高さは2メートルを越え、生徒たちはそれを中心に半径10メートルほどの円を
作って座った。
「健太、芋持ってきたか?」
「焼き芋じゃねえよ!」
男子たちのくだらない掛け合いにちょっとした笑いが起こる。
全員が落ち着いた瞬間を見計らい、智子は大きな声を出して生徒たちに言った。
「この中に山の神をお迎えにいく者はいないか!」
広場は一瞬にして静まり返った。
「誰か! 我こそはという者はいないか!」
智子の熱のこもった台詞口調に生徒たちはビビった。
(ともちゃん先生、本気だ……)
「誰か! 山の神をお迎えにいく者はいないのか! ならば――」
(ならば?)
「この私が行こうではないか!」
(お前が行くんかい!)
生徒たちは口には出さないものの、心の中では盛大に智子につっこみを入れた。
用意された台詞を言い終わった智子はそんなことは露知らず、キャンプ場とは反
対方向に向かい消えていった。
「ともちゃん先生、迫真の演技だったな」
「というか、山の神って誰だ?」
「キャンプファイヤーの許可をもらいにいったとか?」
台本が渡されていないため、生徒たちは全容が掴めずにいた。
5分後、白い布を纏った智子が真剣な面持ちで生徒たちの前に現れた。
そして智子は舞い始めた。
音も火も無い、木の枠だけが置かれた空間で一心不乱に舞った。
生徒たちが呆気にとられていると、向こうから同じような白装束を身につけた校
長先生が火のついた松明を持って現れた。
(そういうことか……)
智子の舞によって火を持った山の神が現れる……生徒たちはここでようやく先生
たちによる寸劇の意味を理解した。
校長が到着すると智子は舞をやめ、おとなしく横で待機する。
校長(山の神)の演説が始まる。
「火は遠い昔から――勇気を――」
松明を持ち木の枠の前に立った校長が台詞を喋るが、年寄りのしわがれた声のた
め、生徒たちはほとんど聞こえない。
「火は――生命――――火は――偉大な――火も――――」
校長が火について語っていることは生徒たちもかすかながらに理解ができた。
しかし、「火」という単語ばかりが耳に入ってくるせいで、それ以外の内容は全
く想像すらできなかった。
「火をいただきました!」
松明の火を譲り受けた智子の大きな声で、生徒たちは校長(山の神)の話が終了
していたことに気が付いた。
生徒たちの注目する中、智子の手によって松明の火が木の枠に移される。
枠の前にしゃがんだ智子は両手で松明を持ち、慎重に枠の中の新聞紙に着火しよ
うとする。
新聞紙には灯油が染み込ませてあるため簡単に着火するはずである。
しかしビビりな智子はへっぴり腰で、なかなか松明の火が新聞紙に届かない。
(なんで先生たちはこの役をともちゃん先生にやらせたんだろう……)
生徒たちは心の中で呟いた。
すると次の瞬間、松明の火が枠の中の新聞紙に燃え移り、そのまま上方へと延焼
していった。
「あちー!」
生徒たちがキャンプファイヤーの始まりに感動を覚えるのと同じタイミングで、
智子は大きな火にビビり、うしろに転がった。
幸い松明からは手を離していたため火傷はしなかったが、転がった時に後頭部を
しこたま地面に打ち付けた。
智子は後頭部を手で押さえながらも、そのあまりの痛さにのたうち回っている。
キャンプファイヤーは順調に燃え上がる。
生徒たちのほとんどが、こんな大きな火を間近に見るのは生まれて初めてのこと
であった。
しかしその感動よりも、燃え盛る火のすぐ側で痛みに耐え切れずにのたうち回る
智子のことが気になって仕方がない生徒たちなのであった。




