114 抱っこ
バスが到着したのは森から少し離れた場所にある舗装されていない広場だった。
1号車の生徒たちが降り、最後に智子を抱っこした坂本が降車した。
智子は脱力し、完全に意識を失っている。
「酔い止めって、たった1錠であんなに効くものなの?」
「麻酔を打たれた猛獣みたいだね」
1時間前まではバスの中で大騒ぎしていたのに今は静かに眠る智子を見て、真美
と美月は薬の効果の凄まじさに軽い恐怖を覚えていた。
佐久間を先頭に広場から移動を始める一行。
民家と民家の間が100メートル以上もある田舎の光景に、生徒たちはトトロで
見た世界に迷い込んだとはしゃいでいた。
ほんの5分も歩かないうちに、道は森の中へと入っていく。
高くそびえる木々によって直射日光は遮られ、ひんやりとした空気が生徒たちの
身体を包み込む。
生徒の誰もが、「森に来た」と実感した。
「その屋根の下にある机の上に、班ごとにリュックをまとめて置きなさい。置いた
ら、あそこに集合!」
キャンプ場に到着すると佐久間は大声で指示を出した。
森の中のキャンプ場には屋根の下に机と椅子が並んでおり、同時に150人ほど
が食事をとれるようになっている。
そのすぐ近くには炊事場が、数十メートル離れたところには木造の小屋があり、
それがトイレであった。
道を隔てた先には木のない場所があり、生徒たちが寝泊まりするテントが既に張
られていた。
生徒たちは机の上にリュックを置き、佐久間の指示した場所へと向かう。
1組の生徒たちの端の席では坂本が眠る智子を抱っこして座っている。
「ともちゃん先生、起きないですか?」
真美は坂本に聞いた。
「起きそうにないですね。湊川先生は薬が効きやすい体質なのかもしれない」
「坂本先生、このあとになってもまだともちゃん先生が起きなかったら、私に抱っ
こさせてください」
可愛らしい顔で眠る智子を見て、美月は抱っこをしたいという欲を抑えることが
できなくなっていた。
「私も!」
「私も抱っこしたい!」
次々と手を挙げる女子たちを坂本はなだめる。
「そんなことして、あとでばれたら湊川先生に雷を落とされますよ」
「確かに!」
「ともちゃん先生ってプライド高いからなあ」
「今度は私たちが雷落とされるのかあ」
女子たちは智子の性格を分析する。
「あなたたち、早く行きなさい」
坂本に促され集合場所に向かう女子たち。
このあと自分より37歳も年下の生徒たちに代わる代わる抱っこされるとは露知
らず、すやすやと眠り続ける智子なのであった。




