11 負けず嫌いの女子
6年生の運動会参加種目は、「徒競走」と「組体操」の2つだ。
コロナ禍以降の運動会は午前中だけの開催となったため、それまで行われていた
「騎馬戦」は廃止になっていた。
「本番で走るのはトラック1周だけど、今日はタイムを計るので直線で50メート
ル、男女1人ずつ、2人同時に走ってもらう。ふざけずにしっかりと走るように」
3組担任の佐久間は生徒たちに説明をした。
今日のタイムを元に、本番で走る4人組を決めることになる。基本的には同程度
の速さの4人を組み合わせるだけなのだが、当日の会場の盛り上がりのため、学年
で最も足の速い4人が最終組に入ることとなる。
タイム計測はつつがなく終わり、この日の授業は終了した。
智子はいつものように、生徒たちの背中を見送りながら落とし物が無いか運動場
を見渡す。
問題が無いことを確認すると、智子は職員室へと歩き出した。
するとそこで智子は、怒りを含んだ蓮の声に気付いた。
「なんなんだよ、あいつ! 鬱陶しい!!」
蓮は仲の良い朝陽、颯介、陸斗、進介と連れ立って歩いている。
(国木田があそこまで感情を表に出すのは珍しいな。問題が大きくなる前に、話だ
けでも聞いておくか)
智子は集団に近付き、背後から声を掛けた。
「どうした? なんかあったか?」
「あっ、ともちゃん先生」
声を掛けられ、蓮たち5人は足を止めた。
「私でよければ聞くぞ。ただし、休み時間は15分しかないから手短にな」
「いや、別に……。ともちゃん先生に聞いてもらうほどではないけど……」
蓮は口を尖らせながらそう言った。
「遠慮するな。私だってこのままじゃ気になってしょうがないだろ。さあ、話して
みろ」
「それじゃあ……。さっきの50メートル走でのことなんだけど」
「それがどうした。自分の記録が気に入らなかったのか?」
「いや、じゃなくて。俺、女子の神田と走るのが一緒だったんですよ」
「ああ、神田瑞穂って言ったかな。あの、背の小っちゃいやつな」
「そう。俺、あいつより足がかなり速いんですよ。だから結構な差をつけてゴール
してるんです」
「うん。それでいいじゃないか。なにが問題なんだ?」
「問題は走り終わったあとなんです。あいつ俺にこう聞いてきたんです」
「国木田くん、本気で走った?」
(なんだその質問?)
智子はそれを聞いた瑞穂の意図が読めなかった。
「そうか。よく分からないけど、別にいいじゃないか。それくらい」
「あいつ、男子の間では有名なんですよ。1年の時からタイムで負ける度に同じこ
とを聞いてくるんです」
「1年の時から? ということは、今日で6年連続6回目か?」
「はい、そうです。あいつ運動音痴だから、毎年必ず男子に負けてて、毎年同じこ
とを聞くんです」
「ふーん。それで、なんて答えたんだ?」
「『本気で走ったよ』って言いました。そしたらあいつ、こう言ったんです」
「へー、あれで本気だったんだ。私は本気じゃなかったよ」
「……ムカつくなぁ」
「でしょ? 毎年真顔で言うんですよ!?」
「そうか……。そういう性格なんだな。ちなみに、本気じゃなかったって言ったら
どうなるんだろうな」
「俺、一昨年そう言いましたよ」
横から朝陽が口を挟んだ。
「一昨年は中井が一緒に走ったのか」
「はい」
「で、本気で走ったかと聞かれて『本気じゃなかった』と答えたんだな?」
「はい。そしたら神田、こう返してきたんです」
「えっ!? 本気で走らなあかんのに! 先生に言うたろ!!」
「……すげえムカつくなぁ」
「俺、そのことを朝陽から聞いて知ってたから、比較的マシな『本気で走った』を
選んだんです」
「そうだな。私もそっちの方がマシな気がする」
「ちなみに、『本気で走らなあかんのに。先生に言うたろ』の時も真顔でした」
再び朝陽が口を挟んだ。
「ともちゃん先生、どうなのこれ?」
蓮はそう言いながら、険しい表情で真っ直ぐ智子の目を見る。
「どうなのって言われてもだな……」
智子が周りを見ると、蓮以外の4人は笑っている。それを見て、あまり深刻に考
える必要は無さそうだと智子は思った。
「そうか。神田ってそんな感じの生徒だったんだな。覚えておこう。でもまあ、あ
れだ。相手がそういう性格だって分かっていれば、それなりの対処もできるしな。
今回は国木田が我慢してその場は収まったんだろ? 偉かったな」
智子に評価されたことが嬉しかったのか蓮の表情から硬さは消え、男子たちは大
人しく教室に帰って行った。
彼らを見送った智子は、とりあえずの解決に胸を撫で下ろした。
そして職員室へ向かいながら、ちびで負けず嫌いな瑞穂のことを想像し、にやけ
顔が止まらないのだった。