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106 ツービート

 打ち上げ花火のない夏祭りのクライマックスは一体いつなのだろうかと智子は考

えていた。



 智子は社務所の横に設置されたスタッフ用のテントを出て、適当に境内を見て回

る。


 小さな神社なので智子の短い足でも、あっという間に1周できてしまう。


 サラリーマン風の男女が手を繋ぎ身体を寄せ合っている。


 彼らが神社を出ていくタイミングは、握った手の汗の量が決めるのだろう。


 智子が監視する小学生、それに中学生や高校生らしき子供たちが神社を出ていく

のは明らかに財布の重さが決めている。


 親からもらった小遣いが底をついた時、彼らは友達とともに境内をあとにするの

だ。


 

「ともちゃん先生もなにか買う?」


 友達と合流し遊んでいた浴衣姿の真美が智子に言った。


「んー……どうしよう」


 時刻は8時になろうとしている。

 高校生らしき子供たちはまだまだ遊び足りないという風であるが、小学生はぽつ

ぽつと帰宅をし始めていた。 

 

「そろそろ生徒たちの数も減ってきましたし、湊川先生もお祭りを楽しんできてく

ださい。ここは私が見てますので」

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」


 智子は教師として行き交う人を見守りながらも、つい彼女たちの手にするたこ焼

きやりんご飴、かき氷やベビーカステラを物欲しそうに眺めてしまっていた。


 横に立っていた高井はそのことに気付いていたため、生徒たちに智子を任せるこ

とにしたのだった。


「ともちゃん先生、行こ!」

「あっちに金魚すくいあったよ!」

「金魚なんかいらないよ」

「射的は?」

「しないって」

「じゃあ、あっち!」


 智子が生徒たちに連れられていくのを高井は笑顔で見送った。



 一時的に業務を離れた智子は、改めてじっくりと屋台を見て回る。


 たこ焼き、焼きそば、チョコバナナ……智子は買うべきものを慎重に見定める。


「どうだった? 欲しいのあった?」


 ぐるっと一通り屋台を見終え、美月は智子に聞いた。


「うーん……今日は別にいいかな」

「「えー!」」


 智子の発表に一緒にいた女子たちは一斉に驚きの声を上げた。 


「なんで!? ともちゃん先生、急にお腹痛くなった?」

「違うよ、そんなんじゃ」

「だって、甘いのからそうじゃないのまで色々あるんだよ? かき氷だってあるし

本当になんにもいらないの?」

「晩ごはんはちゃんと食べてきたし、テントで巫女さんからジュースももらったか

ら咽喉も乾いてない。本当になんにもいらない」

「そうなんだ……」


 確かに生徒たちもベビーカステラやたこ焼きを買うたびに智子にお裾分けをして

いたから、智子がそれで満足をしたのかもしれないと思った。


 しかし、下を向きもじもじしている智子の様子を見ると、なにかが違うような気

がしてならなかった。


 真美はその場にしゃがみ、下を向く智子の顔を見上げながら言う。


「ともちゃん先生、正直に言って。本当はなにか買いたいんでしょ? それなのに

どうしてやめちゃうの? 私たちに協力できることがあるかもしれないよ?」


 真美の言葉を聞いた智子は目に涙が溜まりそうになるのを必死で堪えながら、理

由を説明し始めた。


「……お金がないから」

「お金がない? 財布忘れてきたの?」


 智子は首を横に振る。


「財布は元々持ってきてない」


 そう言うと智子は右手を真美の方に突き出した。

 智子の小さな掌には1枚の500円硬貨が乗っかっていた。


「500円?」

「うん。今日はこれだけ……」

 

 智子はもちろん普段は財布を持ち歩いているし、中には社会人として恥ずかしく

ない金額を入れている。


 しかしこの日は500円硬貨1枚だけをズボンのポケットに忍ばせて夏祭りに参

加していた。


「いつもはちゃんと財布を持ってるけど、今日はお祭りだからお母さんからお小遣

いをもらってきた」


 智子が母親からお小遣いを受け取っている姿を想像し、女子たちの顔が緩む。


「私の子供の頃は500円でも十分だったんだけど、全部値上がりしてて……」 


 智子が小学生だった昭和の屋台では、高い物でもせいぜい200円程度だったの

で子供は500円もあれば十分に楽しめた。

 湊川親子の祭りに対するイメージがそこで止まっていたため、今日もその金額を

持ってきていたのだった。


「そういうことかあ……」


 真美が周りの女子たちに助けを求めると美月が口を開いた。


「500円でも買えるのはあるよ。1個だけだから選ぶの大変だけど」


 唐揚げやたこ焼きは量が少ないのものが400円、もしくは500円で購入でき

るし、飴ならば300円で手に入る。

 しかし智子は、そのどれにも興味が湧かないようだ。


 仲のいい同級生たちといろいろ買って回った40年前の楽しかった思い出に引き

摺られているのかもしれない。



「そうだ!」


 結城さくらは、いいことが思い付いたというふうに声を上げた。


「みんなでくじ引きやろうよ! 確か1回500円だったはず!」


 さくらのアイデアに真美も同意する。


「いいね! 500円、みんなある?」

「ある! やろう!」


 女子たちのテンションが一気に上昇した。


「でも、くじなんかつまんない景品しかないぞ?」

「それでいいんだよ、ともちゃん先生。もしかしたら誰かが1等を引くかもしれな

いんだし」

「だから、そんなの出ないんだって」

「いいよ、やろうよ」

「うん……じゃあ、みんなもやる?」


 生徒たちの熱に押し切られ、智子はくじの屋台へと向かう。



 くじの屋台にはコンビニに行ってもデパートに行っても見かけないような色とり

どりの独特な景品が所狭しと積まれていた。


 1回500円、彼女たちにとっては今年1番の大勝負、その結果は――。

 

「私、30センチくらいある大きいペン」

「使いにくいだろ!」

「私、ゴムで飛ばす飛行機」

「男の子用だな!」

「私、小沢みみちゃんのサイン色紙」 

「誰だよ!」 

「私、クジラの絵のエコバック」

「実用的だな!」


 生徒たちの引き当てた景品にいちいちつっこんでいく智子。


「そういう、ともちゃん先生は?」

「聞いて驚くなよ。私が引き当てたのはなんと、『ツービートの貯金箱』だ」

「ツービート!!」


 智子は誇らしげに250ミリ缶サイズのスチール製貯金箱を掲げた。


 表面には「ツービート」の文字と漫才をするコンビが描かれている。


「それこそ、誰?」


 小沢みみをつっこまれた美月が噛みついた。


「なに言ってんだよ。ビートたけしと相方のきよしだぞ」

「え! ビートたけしってコンビなの!?」

「元々は漫才コンビだ」

「へー……」


 生徒たちは自分の知らない芸能界の歴史に触れ、改めて智子が48才であること

を認識した。


「ともちゃん先生は、それゲットして嬉しいんですか?」

「正直に言うぞ。めっちゃ嬉しい」


 生徒たちにとっては智子の機嫌が直ったことがなによりも嬉しかった。


「これって多分、40年前とかに作られた物だぞ。もしかしたら50年かも。この

辺とか色褪せてるもんな。これは間違いなく500円以上の価値があるぞ!」


 智子は嬉しそうな顔で再び貯金箱を掲げ、さらには美月の当てた小沢みみについ

ての報告をする。


「ちなみにさっき、『小沢みみ』についてスマホで調べたんだけどさ、耳鼻科しか

ヒットしなかったぞ」

「えー……」

「荻野よ、お前が小沢みみファンクラブ会員ナンバー1番だ。気合入れろよ」


 うきうきな態度で小沢みみをいじってくる智子にウザさを感じながら、美月は言

い返す。


「小沢みみって誰ですか?」



 美月の周りに女子たちの笑い声と、「知らねえよ」という上機嫌な智子の声が響

く。 


 500円を出して知らない芸能人のサインを手に入れた美月だったが、それも小

学生生活最後の夏祭りの思い出として一生の宝物になるに違いないと確信をしつつ

みんなと一緒に声を上げて笑うのであった。

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