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100/216

100 まともな教育なんて受けてない

 1学期の終業式が行われている。


 今日の予想最高気温は36度、午前中の現在でも既に30度を超えている。


 滝小学校では数年前から猛暑対策のため、暑い時季の朝礼や終業式は各教室のモ

ニターを使い、リモートで行うことになっていた。 


 

 校長の話は例年通り、「水の事故に気を付けること」「休みだからといって、だ

らしのない生活を送らないこと」「保護者の言うことをちゃんと聞くこと」「時間

を大切に使うこと」という注意事項を伝え、そして最後に、「2学期の始業式も全

員揃って笑顔で迎えましょう」というお決まりのフレーズで締め括られた。


 マイクを持って話す校長を、生徒たちは着席をした状態で聞いた。 



 校長の話が終わると智子はモニターの電源を落とし、踏み台に乗り、教卓に手を

ついた。


「そういうことだ」


 夏休みに関する注意事項は校長先生の言った通りだ――の略がこの、「そういう

ことだ」に全部含まれているのだが、不思議とこれでも伝わるもので、生徒たちか

ら質問などは出なかった。


 すると智子は自分の子供時代の愚痴を語り始めた。


「お前らはいいよなあ。暑い時季だけとはいえ、朝礼も終業式もリモートでしかも

座って話を聞けるんだから。昔は暑かろうが寒かろうが絶対に外だったからな」

「でも、その時は校長先生の話は短いんでしょ?」

「短くねえよ」

「え? それだと病人が出ちゃうんじゃあ……」

「出るぞ。貧血とか熱中症で倒れるんだぞ」

「朝礼で人が倒れるの?」


 智子の口から語られる衝撃の事実に生徒たちは驚愕した。


「校長先生も嫌だろうなあ。自分の用意してきた話がそんな形で終わっちゃうなん

て」

「終わらねえよ」

「え? どういうこと?」

「生徒が倒れたら周りの先生が抱えて保健室に運ぶだけだ」

「校長先生の話はそこで終わらないの?」

「終わらない。それどころか中断すらしない。スタートを切った校長の話はゴール

までノンストップなんだぞ。生徒が1人意識を失ったくらい、屁でもないぞ」


 校長なのに生徒の健康よりも自分のスピーチを優先をする……生徒たちは開いた

口が塞がらなかった。


「それって、昭和の話ですか?」

「そうだ」

「ともちゃん先生の学生時代って昭和なの!?」

「私の小学校卒業と中学校入学が平成元年のことだけど、平成初期でも先生方の価

値観は昭和だからな。私が学生時代に受けた教育は全部、昭和のものと言ってもい

い」

「昭和の価値観って大昔のものだと思ってたけど、意外とまだ身近に残ってるのか

も……」

「というか、お前たちの親も昭和生まれだろ?」

「あっ、そうか」


 生徒たちは昭和の常識に驚きつつも、自分の両親もその昭和の人間であることに

気付き、複雑な感情が胸の中を渦巻いた。 

 そんな生徒たちの思いを知ってか知らずか、智子はアドバイスを送る。

 

「今の40代以上の人間の言うことなんか聞く必要ないぞ。どうせ、まともな教育

なんて受けてないんだからな」

「えー……」



 それだとともちゃん先生の言うことも聞く必要がなくなっちゃいますけど……。


 生徒たちは喉まで出かかったその言葉を必死に飲み込むのであった。

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