赤紙①
ジェームズと喧嘩した罰則として、さっそく歌津先輩の手伝いをする事になった。
監督生の執務室は各寮に設けられており、彼等は基本的にこの部屋で仕事を行う。
部屋に入ると圧迫感と言うか、ピリッとした空気を肌身で感じた。
部屋の中は豪華な作業スペースが左右に三つずつ置かれており、お互いに向き合う対面式の配置だ。調度品はどれも一級品。照明に至っては高級シャンデリアである。
「戻りました」
「……お疲れ。あれ、そっちの奴は?」
ボサボサした髪の監督生が歌津先輩に聞いた。少々失礼な表現だが、この監督生の雰囲気は売れていない作家や映画監督って感じがする。
この部屋には座って仕事をしているボサボサ髪の監督生と俺達だけ。代表を含めた監督生達は留守のようだ。
しかし、逆に言えば部屋に入った時のピリッとした空気感は、部屋の調度品の影響もあるのだろうが、彼一人が生み出していた事になる。
そう考えると、このボサボサ髪の監督生も只者では無いと言う事だ。
「ただいま、諏訪丸君。この子は結城 綾麿君。今回の主犯……じゃなくて、当事者の一人だよ」
『主犯』を『当事者』と言い換えてくれたのは嬉しいが、欲を言うと『巻き込まれた』というフレーズを付け加えて欲しかった。
「結城……ああ、この前の騒ぎで代表に処罰された奴か」
「そうだよ」
確かにそうだが、そうでは無い。前回も巻き込まれただけだ。
「成る程、高等部に上がって息巻いてるスーパールーキーって事か。若いねぇ」
「諏訪丸君も私と同じ17歳でしょ。あ、紹介するね。この人は諏訪丸 甲斐君。私と同じ高等部二年生だよ」
「結城 綾麿です。よろしくお願いします」
「ほぉ……問題児の割に礼儀はしっかりしてるんだな。歌津に丸め込まれたのか? 性格は幼稚だが、顔だけは良いからな」
「んなっ!? 幼稚じゃありません!」
歌津先輩がぷくーっと頬を膨らませている。うん、この人は幼稚で間違いない。
「それで、お前の懲罰は歌津の手伝いってとこか? こいつ保健委員会の副委員長もやってるからな、だいぶハードな仕事をさせられるぞ」
「ご心配なく。ちゃんと誰にでも出来る簡単な仕事をやってもらうから」
歌津先輩がムッとした表情で言う。さながらハムスターみたいだ。
「誰にでも出来る簡単な仕事ねぇ……おい、スーパールーキー。今の歌津の言葉は信用しない方がいいぞ」
「……分かりました」
結論から言うと、諏訪丸先輩の助言は正しかった。
書類整理に物品の在庫管理。保健ポスターの掲示や花壇への水やり。この学園は凄く広いので、保健ポスターの掲示と花壇への水やりは特に大変だった。途中、トイレ掃除をしているジェームズを見かけたがスルーした。
そして時が経ち、日も暮れて空が完全に暗くなった頃、ようやく全ての仕事が終わった。
「……全部終わりました」
「ご苦労様。ご褒美にコレあげるね」
歌津先輩から個別包装された飴を三個貰った。ミント味、チョコミント味、シトラスミント味……何故かどれもミント系の味ばかりだ。
「ありがとうございます」
「それでどうだった? 歌津から押し付けられる仕事は大変だっただろ」
「ええ、それなに」
「うーん、そんなにハードな仕事頼んだかな?」
「こりゃ重症だな。おい、スーパールーキー。今日はもう部屋に帰って休め。罰則はあと六日あるんだろ?」
「あっ、それ私が言おうとしてたんだけど……って、重症ってどう言う事かな!?」
「そのままの意味だ」
何やら口論しているが、ここはさっさと帰った方が良さそうだ。
「では、上がらせていただきます」
俺はそう言うと、一礼して執務室から出た。
曲者揃いの監督生達。聞いていた話では歌津先輩が一番の常識人だとされていたが、実際に関わると中々の曲者だった。寧ろ雰囲気こそ悪いが、諏訪丸先輩の方が常識人かも知れない。
「疲れたな」
今日は色々と大変だった。願わくば、明日は普通の一日であって欲しい。
***
「ん? 何だこの封筒は?」
自分の部屋に戻ると、机の上に赤い封筒が置いてあった。個人への郵便物などは寮の一階にある個人ポストに届けられる。なので郵便物が机の上にあるのは極めて不自然な状態だ。
この部屋に入れるのは基本的に俺しかいない。寮内の公共の場所は掃除専門の担当者が行っているが、自分の部屋は自分で掃除するのがルールだ。
もちろん俺が鍵をかけ忘れた可能性は無い。理由は今さっき鍵を開けて部屋に入ったからだ。
「まあ、開けてみれば分かるか」
ハサミを使って封筒を開封する。
「これは……手帳か? それと薄紅色の紙が一枚入っているだけみたいだな」
先に封筒に入っていたスマートフォンサイズの手帳を手に取り、開いてみる。しかし、全てのページが白紙だった。
となると、本命は薄紅色の紙か?
手に持っていた手帳を机の上に置き、薄紅色の紙を開いて内容を確認する。
〜〜〜
貴方は選ばれた。
全ては手帳の中に。
〜〜〜
――全く意味が分からない。タチの悪い悪戯か?
そう思った時だった。
「っ……何だ!?」
机の上に置いた手帳が、突然輝き始めたのだ。