学園生活④
誤字脱字があれば遠慮なくお申し付け下さい。
「おい、止まれよ」
生徒総会が終わって自分の部屋へと戻る途中、俺は背の高い男子生徒に絡まれた。
スキンヘッドに、見るからに日本人では無い顔立ち。彼の黒めの肌は、その鍛え抜かれた身体をより一層大きく錯覚させている。
「……何か用か?」
幸か不幸か、瀬菜は部活に行ってここにはいない。一応俺もパソコン部に在籍はしているが幽霊部員だ。なので放課後はこうして一人で寮へと帰るのだが、一人で歩いていると稀にこの様な輩に絡まれる事がある。
「ああ、用はあるぜ! お前、スライド組一年の結城 綾麿だろ?」
「そうだけど?」
制服に付いている校章を見るに、この男子生徒は編入組の一年生のようだ。だが、俺はこの男子生徒と面識が無い。
「ビィンゴォ! 俺の名前はジェームズ・フランシス・スタンレー! アメリカのテネシー州出身で、世界最強の男を目指している。それじゃあ自己紹介も済んだ事だし、早速おっ始めるか!」
――は? 何言ってんだこいつ? 全く意味が分からん。
「お前、さっきから何言って――ッ!?」
ブンッ! という風を切る音が俺の右耳を通過した。
「おっ、今のを避けたか! だが、まだ行くぞ!」
男子生徒は殴りかかった勢いのまま身体を捻り、強力なキックを繰り出す。
――くそっ! 何なんだよこいつは!? 身体がデカいくせに素早い!
「おいおいおい! 避けてばっかりじゃ勝てねえぜ!」
「黙れ。俺にはお前と戦う意味が無いんだよ!」
「うるせぇ! 意味が無くても戦いやがれッ!」
チッ! この脳筋野郎め! こっちは意味の無い面倒事はごめんなんだよ!
男子生徒がストレートを放つ。ジャブでは無く、本気で俺を仕留める為の一撃だ。
だがしかし、これは千載一遇のチャンスでもある。決めの一撃こそ、相手に大きな隙が生まれるもの。後はカウンターを決める事が出来れば形勢は一気に俺へと傾く。
迫り来る男子生徒のストレート。俺はそれを回避し、脇腹へ一撃を――
ガシッ!
「捕まえたぞ、日本人!」
――なっ! こいつッ!?
男子生徒が俺の腕をガッチリと掴む。どうやら動きを読まれていたようだ。
「あばよ! 地面によろしくな!」
男子生徒は俺の腕をグイっと引っ張り、まるで鞭を振り下ろすかのように俺を地面に叩きつけた。
「がはっ!?」
身体中に走る激しい痛み。骨は無事だと思うが、背中を強打したので息ができない。
「ふん、勝負ありだな!」
「……」
「俺は今、すこぶる機嫌がいい。だから特別にお前の敗因を教えてやるよ」
……ぅるさい。俺に説教……する……な!
本当は声に出して言いたかったが、受けたダメージのせいで声が出ない。
男子生徒は饒舌に話を続ける。
「まず、俺がお前より強かったからだ。まあ、これは当然だな。そんで、問題は次だ。お前は現状を受け止めきれずに反撃に転ずるのが遅すぎた。要するに腰抜けってこった」
予想外に痛い所を突かれた。唐突に始まった事とは言え、喧嘩は喧嘩だ。色々と面倒で避けていたが、正当防衛を振りかざして即座に反撃する事も可能だったはずだ。
「ぐっ……!」
たまらず歯を食いしばる。
未だに治らない激痛に加え、空気を上手く吸えない苦しみ。意識はあるが、それがかえって苦痛だ。
『これが事件の報告書です』
――何だ?
突然、頭の中に映像と声が流れた。体験した事は無いが、走馬灯とも違う気がする。
……これは昔の記憶か? 瀬菜から凛の事件の報告書を貰った時のやつだ。
〜〜〜
「これが事件の報告書です」
俺は瀬菜から報告書を受け取り、その内容に目を通す。
“犯行現場は被害者の遺体が見つかった河川敷と断定。なお、遺体は橋の真下で発見された事を留意点として記載する”
“被害者の死因は、至近距離から腹部を複数回刺された事による失血性ショックによるもの”
“被害者の遺体から防御創は一つも確認され無かった”
“今回の事件には計画性があると判断。犯行現場が河川敷ではあるものの、人があまり寄り付かない橋の真下だった事から、通り魔的な殺人の可能性はかなり低い。一方で、被害者と面識のあった人物による犯行の可能性は高い”
「……凛は至近距離から刺されたんですね」
「はい、そのようですね。報告書には面識のあった人物による犯行と書かれていますが、距離感的にはだいぶ親しい、または親しくは無いものの凛さんに近い人物なのかも知れません」
「凛と面識があり、距離が近い人物ですか。だとすれば容疑者の第一候補にあがっているのは凛の父親ですか?」
凛は小さい頃に父親から暴力を振るわれていた。その事を考えると、凛の父親は最も疑われる存在だ。
「いえ、確かに最初は疑われてましたが、事件当日は仕事で地方に行っていたようです。他の親類縁者の方も皆アリバイがありますので、少なくとも犯人ではないでしょう」
「……そうですか。引き続き調査の方お願いします」
〜〜〜
頭の中で流れていた映像がプツリと途切れた。
今の現象が何だったのかは分からない。だが、得るものはあった。
「よし、今日の目的は達成した。じぁあな、腰抜け」
男子生徒はそう言うと、片腕をグルグルと回しながら寮の方へと歩いて行く。さながら勝者の凱旋だ。
だが、そんな事は許さない。犯人を殺す決意をした日に俺は誓った――本気でやると決めたら、徹底に最後までやると。
そう、これは信念が揺るがないようにする自己暗示――いや、復讐心から生まれた呪いなのだ。
「……おい、こっち向けよ」
「ん? お前もう動け――うぐっ!?」
俺の拳が男子生徒の鳩尾に直撃した。