プロローグ
家族? そんなものは知らない。
俺は捨て子で、物心がついた時から児童養護施設で生活していたからだ。
俺の姓である『結城』は拾われた自治体名から付けられたもので、名の『綾麿』は俺と一緒に捨てられていた木札に書かれていたらしい。
幼少期の俺は粗暴な性格で、施設内では様々な問題を引き起こしていた。とにかく周りの人間が鬱陶しかったのだ。
そのような日々がしばらく続き、小学3年生になった頃。『あいつ』が児童養護施設にやって来た。
『あいつ』――相良 凛は、とても明るい性格の女の子で、職員に対する礼儀も年齢以上にしっかりしていた。
ただどういう訳か、凛は他の子供達に対しては柔和に接するのだが、何故か俺にだけは冷ややかな態度を取っていた。
そんな凛との喧嘩は日常茶飯事。事あるごとに喧嘩した。
喧嘩して――喧嘩して――喧嘩して――そして思った。
何で『こいつ(りん)』は俺だけに冷たいのか? 何で俺に対して怯えているのか?
俺は凄く気になって、施設の職員に聞いた。
「おい、何であいつ……相良 凛は俺を怖がってるんだ?」
俺に質問された女性職員は目を丸くしていた。今思うと自己中心的で問題児だった俺が、珍しく他人の感情に興味を持った事が意外だったのだろう。
女性職員は少し考えた後、言葉を選びながら話してくれた。
「凛ちゃんはね、お父さんから暴力を振るわれていたの」
「お父さんから暴力?」
「うん。なんて言うかその……凛ちゃんのお父さんの目と、綾麿君の目が同じに見えちゃって怖いみたいね」
どうやら凛は俺の目が怖かったらしい。
「俺の目が怖い? でも俺、お金無いから整形なんてできないぞ?」
すると、女性職員がクスッと笑った。
「別に目を整形する必要はないわ。今までの喧嘩を謝って、友達になろうと言えば全て解決するはずよ」
「……」
「まあ、騙されたと思ってやってみなさい!」
「……分かった」
俺はそう言うと、意を決して凛の所へ向かった。
そして、その結果はと言うと……
***
「今日からここが私達の家ね」
「そうだな」
金色に輝く立派な門。奥には豪華絢爛なモダニズム建築の巨大な校舎と三つの寮。綺麗に整備された庭園や運動場、体育館などの付随施設も見える。
「まさか本当に入学できるとは思いもしなかったわ。勉強頑張って良かったー!」
「そうだな」
「あらー? やけにテンション低いじゃない。綾麿、もしかしてビビってんの?」
「うるさい。俺はいつもこんな感じだ。それにビビってるのは凛の方だろ? 足が震えてるぞ」
「くっ、バレてたか。でも仕方ないでしょ? だってここは――日本一の名門校なんだから!」
人生とは分からないものだ。粗暴な性格で喧嘩しかして来なかった俺だが、凛と出会った事で人生が変わった。
そして今、俺達は日本一の名門校である私立・日城学園の門の前にいる。
これからの学園生活、俺は凛と共に全力で駆け抜けるつもりだ。
そう、俺達の未来は明るい――はずだった。