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飯を食った後、俺は残った金で松嶋と適度に遊んだ。

そして、夜も深くなり最後に連絡先だけ交換して松嶋をタクシーに無理やり乗せた後、俺は一人、帰路に着く。


いつもより深い闇の中、俺の心の中には一つの思惑が湧き出ていた。

この国に巣食う癌を殺す特効薬の存在。

何より、今の俺に必要なもの。


「こんばんは」


「……また、会えると思っていたよ」


いつもの場所に同じ格好で立っているラヴァーソウル。


「嫌われたのかと思っていました」


「いや。今までのは全て俺の問題だ」


「よかった。もうあなたに会えないのかとばかり」


怖れるな。

あの胃を焼く後悔の味が広がる前に。


「……きみの名前は」


それだけで彼女は満面の笑みを見せる。


「そんな、私の名前を、私の事を知ろうとしてくれるなんて、ああ、どうしましょう。でも、私、名前がないのです」


「人間と関わったことはないのか」


「はい」


これで余計な心配はなくなった。

そもそも、人間相手なら誰にでも嘘をつかず誠実に接する彼女らは人を騙す事など出来ないが、万が一の事もある。

この世にはラヴァーソウルを利用した詐欺も存在するため、確認が必要だったのだ。


「それより、どうして、またここに来てくださったのですか」


まだ、迷いがないと言えば嘘になる。

それでも、もう一度だけ、自分の人生に賭けをしたい。

何もなく変わらない日常の中で幸せすら感じないまま年老いていく事を実感するだけなんて御免だ。


「どうされました?」


「その、話を聞いて欲しくて。その、言い難いことなんだが」


「わかりました。夜が明けても、待ち続けます」


そうだ、怖れるな。

遮るものは自分自身の臆病のみ。


「変に、思わないで、いや、そう思ってもいいけど、俺はもう一度、この醜い世界に抗いたい」


これだけで意味が伝わるはずもない。

しかし、彼女は目を見開き驚いた表情を見せる。


「言ってもいいか。こんな、みっともない大人が」


「私は、全てを受け入れます。だから大丈夫です」


「……俺は、きみと、生きてみたい」


彼女は俺の言葉を噛み締める。


何故、こんな事を口走ったのか。

もしも、俺が俺のままで彼女と過ごし、自分の過去を清算しないで済んだなら、俺は胸を張って生きていけるのではないかと思ったのだ。

結局、重要なのはここなんだ。

どんな惨めであろうと、どんなに裕福であろうと、自分の人生に自信が持てなければ何をやってもつらいのだ。

どんな生き方だろうと、自信があれば前を向いて生きていけるのだ。


「ただ、俺のためにきみを利用する、最低な行為かもしれない。それでも、許してくれるのなら」


「その先は言わないで。あなたが私を求めてくれるのなら、何処へだって行きます。だから、私にしてほしいことだけ、教えてください」


「違う、違うんだ。俺が、きみのために何かをしたいんだ」


「どうして、ですか」


途端に理解に苦しむ顔をする彼女。


「俺には、一度だけ夢見た生き方がある。灰色の社会に生きる悲しみに暮れた大人たちに優しさを、青い星に生まれる無限の可能性を孕んだ子供たちへ新しい明日を示すような、そんな生き方を。何もないこの孤独な人生を、そのために燃やし尽くせるなら最高だと、思っていたんだ。だから、もう一度、挑戦したい。そのために、人間のエゴを殺したい」


「わかりました」


二つ返事で、そう告げる彼女。

ラヴァーソウルだから、だろうか。


「でも、それだけじゃダメです。一方通行では歪みが生まれてしまう。だから」


彼女はおもむろに俺の手を取る。


「あなたの素敵な夢のために、尽くします。共に生きましょう」


「いいのか。これは、すぐに消える小さな火かもしれない」


「問題ありません。あなたが望む限り、私が傍で火を焚べます。その想いを、決して消させはしません」


不覚にも、俺は感動していた。

彼女がそういう生き物だとしても、裸の想いを受け入れてくれた、その事実が体温を上昇させる。


「それでは、あなたのお名前を、教えていただいてもいいですか」


「キョウスケだ」


「キョウスケ様、ですね」


「様付けはやめてくれ、呼び捨てでいい。ああ、きみのことは、なんて呼ぼうかな」


「名前を、くれませんか」


それをしてしまえば、後戻りは出来なくなる。

いや、それでいい。


「……リタ。変だと思ったら、別のを」


「いえ、大丈夫です。ふふ」


握っていた手を離した彼女は両手を広げ、その場でくるりと回った。


「なんて、なんて嬉しいのでしょう。私は今、生まれたのですわ。リタ、私の名前」


ああ、俺はこの舞台で上手く踊れるのだろうか。

いや、大丈夫だ。

その恐怖よりも強く背中を押す希望が、俺に一歩踏み出す勇気をくれる。

もう一度、何度でも、時間が許す限り、死が二人を分つまで。

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