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二件目以降、松嶋が復活する事はなかった。

俺は早々に見切りをつけて一人で処理を続けていく。

そして、ようやく昼に差し掛かったところで、俺はコンビニにトラックを停め一息つく。


「何か食べたいものでもあるか?」


一応、松嶋にも声をかけるが、流石に飯も喉を通らないか。



コンビニから車内に戻った俺は袋からホット飲料を取り出し松嶋の膝の上に乗せる。

そして、続けてゼリー飲料を二つ取り出した俺は素早くそれを飲み干しにかかる。


さて、どうしようか。

俺は若い女性を慰める言葉を持っていない。

しかし、何もしないで松嶋が辞職してしまえば高橋課長に怒られそうだ。


「…… センパイはどうして、こんな仕事を続けられるんですか」


そう悩んでいると、お茶のペットボトルを両手で握りながら松嶋が口を開く。


「他に選択肢がなかったからな。そうしてダラダラ過ごしていたらこうなっていた」


「それだけですか」


「あとは、ああ、そうだな。人間嫌いの俺にとって、ラヴァーソウルを好ましい存在なのかもしれない」


何故、この仕事を続けているのか、振り返ってみて初めて知る自分の感情。


「無償の愛をばら撒く優しい生き物。位でいえば人間より遥かに上だ。だから、こんな俺に何が出来るのなら、なんて思いがあるのかもしれない」


再び沈黙が訪れる。

この落ち込み様、松嶋が今日限りで辞めるとしてもあまり気分のいいものじゃない。


「一々落ち込んでいたら何もできないぞ」


「いいじゃないですか。あたしは泣きたい時は泣くし笑いたい時は笑うし、喜怒哀楽を全部言葉に出して生きてきたんです。そっちの方が、絶対に人生お得だし」


「さっきまで言葉にならなかったようだが」


「あんなのを見たら、誰だって何も言えませんよ」


ようやく調子が戻り始めたのか、口が回りだす松嶋。


「……午前中はごめんない。これからもいっぱい落ち込むし、いっぱいミスするけど、ちゃんとやりますから。だから、午後からまた、ちゃんと仕事を教えてください」


なんという事だろうか。

松嶋との関わりは今日限りで終わると踏んで色々と話したのに。


「いや、無理はしなくていいぞ。ああいう事件は少なからずあるんだ。早い内に転職でもした方が」


「いえ、やります」


これは厄介な事になりそうだ。

今日の仕事が終わった後、高橋課長に直談判に行こう。



幸い、残りの回収は普通の遺体だけだったため、なんとか松嶋も復帰することが出来た。

回収の度に吐きそうな顔をしていたが。


「それで、回収した遺体はどうするんですか」


「魂葬場へ送る」


「こんそうば?ああ、あの変な建物の」


魂葬場とは人間でいうところの火葬場だ。

ラヴァーソウルは土に還らず、そのままの形で残り続ける。

処理か放置か、そのどちらにしても花咲病に感染するのではないかという恐れがあり、一昔前は社会問題となっていたらしい。

そこで立ち上がったのが、魂葬場の生みの親、帆波英一だ。

彼は壮大な葬儀と祈りを行いラヴァーソウルを火に焚べた。

自分の命が懸かっているのだ、その様相は狂気すら孕んでいたという。

そして、彼は成功したのだ。

その後、ラヴァーソウルの処理の仕方は体系化され、それに相応しい宗教施設のような見た目の建物があちこちに建てられたのである。


「ラヴァーソウルの処理なんてよく出来ますよね。どうやってるんでしょう」


「一度見学した事があるが、酷いもんだよ。科学的根拠なんて何一つないから、皆、カルト宗教みたいに必死になって祈りを捧げてるんだ」


「でも、給料はいいんですよね」


「そうしないと誰も働かないからな。うちに就職する前に調べなかったのか」


「その、軽い気持ちで来たんで」


軽い気持ちで、それならわざわざここに来るだろうか。

そうしてくだらない話をしていると、魂葬場に辿り着く。


寺を現代的な資材で建築した巨大な白い建物は壁で厳重に囲まれており。ゲート前で警備員に社員証を見せ特定の場所に駐車しトラックの荷台を開ける。

ここからは魂葬場の職員の仕事だ。


複数人で現れた白装束に身を包んだ彼らは仰々しく礼をし一声かけ、黒い納体袋に入ったラヴァーソウル達を運んでいく。


「なんか、怖いですね


「そう言うなよ。彼らがいなければ社会が混乱するレベルなんだから」


そして、トラックの荷台が空になり本日の仕事は滞りなく終わるのだった。



「課長、なんであんな仕事を振ったんですか」


職場に戻り、やはり無理をしていた松嶋を早々に帰宅させた高橋課長に質問をする。


「教育の途中で退職してしまうリスクを考えれば、最初から適性があるか測った方がいいだろう。結果オーライ、上手くいったじゃないか」


「そんなふうには見えませんが」


ケラケラと笑う課長。

軽薄な印象を受けるが、彼女が優秀なのは間違いない。

そうでなければ今頃、手が出ているだろう。


「それより、今後も俺は松島と組むんでしょうか」


「そうだ。私の人を見る目に狂いがなければ、お前らはいいコンビになれるはずだ」


まずい。

彼女は頑固な気質で俺の様な平社員は基本、逆らえない。

なんとかしなければ。


「いい加減、俺に若者をあてがうのはやめてくださいよ」


「仕方ないだろ。ここで働くのは夢と輝く瞳を失った中年オヤジばかりなんだから。ましてや松嶋は女なんだ。そんな奴らと一緒にしてみろ、何が起きるか分からんぞ」


自分の部下相手になんて言い草なんだ。


「いやいや、俺みたいな人畜無害そうな男こそ、油断させておいて牙を剥くもんでしょ」


意地でも松嶋とのペアを逃れたい俺の発言を受け、課長は腹を抱えて大笑いする。

そしてひとしきり笑った後、息を切らしながら課長は口を開く。


「お前からそんな言葉を聞くなんてな。やっぱり面白そうだからお前は松島と組め。上司命令、決定事項。今後もよろしく頼む」


ああ、俺の波風立たない日常が終わってしまった。

これから退職願を叩きつける準備を始めなくては。

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