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「黒崎です」


『おう。なんだ、体調不良か?』


「……いえ、そうじゃなくて。俺、もうそこには行かないかもしれないので、その連絡です」


『は?退職でもするつもりか?』


「はい、そうですね。…とりあえず、松嶋の事はよろしくお願いします」


『おい、ちょっと待て──』


一方的に話をして通話を切る。

いつもと同じ朝、そこから飛び出す準備はいつでも出来ていた。


「リタ、行こう」


「……うん」



青みがかったパール色の空に白銀の雲は浮かび、水平線の上を何処までも伸びていく。

酷く、酷く寒い冬だった。

波の音、砂浜を踏み締める音が寂しい。

人に溢れたこの世界で、誰もいない海辺。

冷たい潮風が二人を世界から切り離す。


「リタ、もう少し歩けそうか?」


「うん」


あれから、リタの身体機能は急激に衰えていった。

体が黒く染まれどラヴァーソウルが弱るなんて見た事も聞いた事もなかった。

しかし、彼女曰く、役目を終えたのだと。

理解できなかった、理解したくなかった。


俺の様なクズでも、誰かの前で一歩踏み出せば変われるのだと。

恐れていた、勇気がなかった。

誰かと関わり自分の世界を共有し、醜い自分を曝け出し、相手のエゴも受け入れる、そこに飛び込むよりも閉じこもっていたほうが楽だった。

でも、新しい明日はそこには無く、誰かと関わる事でしか生まれはしない。


未だに俺は一歩を踏み出せないまま、リタはいなくなる。

ただ、ひたすらに辛かった。

どうしようもなかった。

ただ、リタと日常を送るしか出来なかった。

リタが、人間であればよかったのに、そう何度、願ったか。

何度、その時間が永遠に続けばいいと思ったか。


リタはもう、まともに話す事も体を動かす事も出来なくなっている。

だから、ここへ来た。

いっその事、二人で消えてしまえればとも思った。


でも、それ以上に幸せだったんだ。


「キョウスケ」


「うん?あぁ、もう限界か」


俺はリタの体を支えながら砂浜にゆっくりと座らせる。

そして、その隣に俺も座ると、リタは俺の右腕に腕を絡め体を預ける。


「寒いな」


「うん」


リタの温もりが、段々と失われていく。

だから、伝えないと。


「リタ。俺は、リタに出会った時から恋に落ちていたんだ。誰かを好きになるなんて初めてだった。一緒に過ごして、世界のどんなものよりも大事な存在になった。……でも、リタは、いなくなってしまうんだよな」


「うん」


あれだけ澄んでいた声も掠れている。

そして、俺の声も涙で滲んでいく。


「俺、幸せだったよ。リタと出会えてよかった。リタと過ごせてよかった。リタと何でも話せて嬉しかった。本当に、幸せだった」


「……うん」


「だから、このまま、リタと一緒に消えてしまいたいって言ったら、怒るかな。いや、わかっているんだ。リタなら何を言うかなんて。でも、リタがいない世界を、想像したくないんだ」


リタを困らせてはいけない、そう理解しつつも俺はわがままを述べてしまう。

ああ、それだけ大きな存在だったんだ。

他にも色々と一緒にしたい事もあったと後悔だってしている。


「わたしは、ここに、いる」


「……そうだな。リタ」


リタの体が、崩れ始める。


「キョウスケ」


「リタ」


リタが、砂の様に崩れ風に攫われ消えていく。


「リタ、俺はずっと、リタを想い続ける。生きて、生きていくから」


「うん」


「リタ、ありがとう」



静寂に響く波の音が現実を突き付ける。

お前は孤独だ、お前はヒトとしてヒトと生きていかねばならないと。

その場にうずくまり動けなかった。

俺の隣には、もう誰もいない。


それでも、リタが残したものは確かにここにあって、それが余計に胸を締め付ける。

いや、リタだけじゃなくラヴァーソウルたちは人間に伝えようとしていたんだ。

誰を想い繋がり生きよと、それが出来なければせめて花となり散って死ねと。

その想いを無碍には出来ない。


「こんな所にいやがったか!」


突然、聞き覚えのある声が聞こえる。

幻聴かどうかすら関係ない、俺は動けない。


「センパイ……」


「松嶋、連れて行くぞ」


「ま、待ってください。センパイ、リタという方からメッセージが送られてきてました」


俺は思わず顔を上げる。


「センパイの連絡先から今朝、届いてました。センパイの事、よろしくお願いしますって」


いつの間に、そんな事を。

ああ、リタ。

そうまでして俺の事を。

枯れた涙が再び溢れ出す。


「松嶋、そっちを支えろ」


「はい」


両サイドから腕を持ち上げられ立ち上がり、そのまま、ズルズルと引き摺られて行く。


「……一人で、歩けます」


「馬鹿。たまには誰かを頼れ。この世界はな、お前が思っているよりちょっとだけ優しいんだ。だから、何でも話せ」


「……はい」


この世界は続いていく。

俺は、生きていく。

いつかまた、前を向ける日が来ると信じて。

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