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気付かなければよかった

いや、もっと早く気付くべきだった。


夜。

夕食を食べ終わり台所で皿洗いをするリタの背中を眺めていると、彼女の指先が黒く染まっている事に気付く。


「リタ」


すぐに立ち上がり声をかけ強引にリタの左手を掴む。

見間違いじゃない、指先が黒く変色している。

問う様に視線を向けると彼女は気まずい顔をしている。


「俺が、何かしてしまったのか?」


「違うの。キョウスケはいつも、私の事を思っていてくれたもの」


「それじゃあ、どうして」


しかし、リタはすぐに答えてはくれない。


「教えてくれ。俺は、リタを失いたくないんだ」


命令なんてしたくはないが、悠長にはしていられない。

リタを失う可能性があるのだ。


「……その、脅迫文が投函されて、いるの。私の正体がラヴァーソウルだとバレているみたいで。時折、外から非難するような声も聞こえて……」


まさか。

後藤さんが言っていた件と関係があるのだろうか。

沸々と怒りが湧き上がる。


「どうして黙っていたんだ」


「キョウスケの事だから、無茶をするんじゃないかと思って」


確かに、今のリタのためなら人殺しだって厭わない。

いっそ、この憤りを解放して全てを壊してしまいたい。


どうして、人間はここまで残酷になれる。

あなたと私は違うから、何をしてもいい、何でも出来るのか。


「私は、大丈夫だから」


「そんなわけないだろ。くそ、どうすればいい。一度でも染まったら、もう戻らないのか?」


「落ち着いて。きっと、大丈夫だから」


ああ、リタが死んでしまう。

今までの幸せな暮らしが崩れていく。

リタが死ぬなんて、あってはならない。

こんなにも美しく優しい生き物が死んでしまう。

こんなにも容易く他者に侵されてしまう。

それもこれも、全部。


「俺の、せいだ」


「キョウスケ……」


「俺が、リタをここに連れてきたから。なんでも出来る気になって、舞い上がって、浮かれていたから」


いや、原因はそこじゃないんだ。

結局は、俺の醜さが招いた結果だ。


「俺は押し付けてしまった。金も名誉も、女も、何一つ手に入れられなかった俺が、そんな俺にも他に用意された綺麗なものがあると。……リタに、押し付けたんだ。クズにもなれない男の醜い理想を拙く無垢な恋愛感情で包んで、他の奴らとは違うなんて下らないプライドを飾り立て、エゴを満たすために」


──突然、リタに強く抱きしめられる。


「そんな事、言わないで!どんな過去があっても、どんな想いがあっても、この温もりは確かに存在している。ここには私たちだけの時間が存在するじゃない。私はキョウスケと過ごして、語り合って、こうして触れていたいと思っている。キョウスケも、そうじゃないの?」


その瞬間、俺の頭は白に染まり、心の奥底にある情けない声が口を突いて出る。


「俺だって、そうだ。でも、怖いんだ。ただ生きているだけで誰かに邪魔される、楽園なんてありはしない世界で、そんな男が誰かを守れるのか、リタを、守れるのかわからないんだ」


「それでも、私は、キョウスケが隣にいるのなら怖くない」


俺だって、リタがいれば何もいらない。

そう言葉にしたいが、現実が口に蓋をする。


「……いや、もしも、リタが死んでしまうのなら、いっそ俺は」


「その先は言わないで。私は今、幸せなの。これ以上のものなんてない」


「でも、俺はその幸せを知ってしまった。手放したくはないけど、失いたくもない。俺はどうすればいい」


「難しく考えないで。私はここにいる。私は、キョウスケのためにここにいる。だから、キョウスケが私の事を想ってくれるのなら、それが二人の全て。このまま、二人で一緒過ごせば、それでいい」


そう割り切れる訳がない。

リタが俺に温もりを与えるほど、失いたくないという気持ちが強くなるのだから。

生まれて初めて、失いたくないものができたのだから。


「……キョウスケ」


「考えさせてくれ。今の俺には何が最善かわからないんだ」


俺は嘘をつく。

既に、俺の想いは一つに決まっている。


リタと二人で、誰もいない場所へ。

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