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朝、目が覚めると生活音が耳に入り、体を起こすと激しい違和感に襲われる。
窓から差し込む朝陽の中、台所に立つリタの姿。
彼女は食事の支度をしているようだ。
そして、辺りを見回すと綺麗に片付いた部屋。
適当に床置きしていた衣服類もきっちりと畳まれている。
夢をみているようだ。
何処までも俺に都合がいい奇跡のような夢を。
「おはようございます」
呆けていると、彼女はちゃぶ台の上に味噌汁とご飯を並べる。
「ごめんなさい。食材がなかったのでインスタントしか用意できませんでした」
何故謝るのだろうか。
食材がないのは自炊をしていない俺の責任なのに。
わざわざ炊飯器を引っ張り出して米を炊いてくれただけでも感謝の念に絶えないというのに。
「ありがとう。誰かが自分のために料理をしてくれるなんて、久しぶりだ。本当に、ありがとう」
たったそれだけ、何の役にも立たないただの言葉を伝えるだけで、リタは泣き出しそうな顔をする。
そして、上手く言葉にできないのか、もどかしそうに口を開いたり閉じたりしている。
「食べてもいいか?」
「あ、は、はい。どうぞ」
「いただきます」
しかし、ヒトの知識を持ち、ヒトと同じ様に行動できる、この生き物は一体何なのだろうか。
こうして間近で関わると、ヒトが恐怖を覚え遠ざけようとする理由がわかる気がする。
それでも、俺は彼女らに歩み寄りたい。
ラヴァーソウルはヒトに呪いを与えるためだけにに生まれた存在だと思えないのだ。
それにしても、何の変哲もないインスタント食品と炊いただけの米が、どうしてこんなに美味いのか。
いつも、職場と自宅の間にあるコンビニで飯を買い無為に腹を満たす事に慣れた身体に沁みる。
「どうですか?」
「美味しいよ」
「よかった。これからは私が家事をするので、全部任せてくださいね」
「ありがとう」
嬉しそうに微笑むリタ。
亭主関白の様で気が引けるが、ここで俺が出しゃばっても彼女は引かないだろう。
それならいっそ、彼女には好きにさせつつ俺が彼女のために出来る事を全力でやればいい。
「……でも、一つだけ。買い物だけは、お願いしてもいいですか」
唐突に声のトーンが下がるリタ。
理由は聞かなくてもわかる。
それでも、俺は彼女の言葉を聞いた上で否定しなくてはならない。
「なぜ?」
「私はヒトに嫌われていますから」
それは、彼女個人の話でなくラヴァーソウルが、という事だろう。
確かに、今や公共の場にラヴァーソウルが現れようものなら警察沙汰になる。
人に紛れる事も出来なくはないが、やはり、その所作でバレてしまうのだ。
だが、リタが悲しむ必要はない。
「気にしないでいい。そうだな、怖ければ俺と一緒に買い物に行こう」
「え?で、でも、その、ヒトの真似をしても、バレてしまえばキョウスケに迷惑がかかってしまいます」
そんなものは人間の都合だ。
「リタ。お前は美しいのに、どうして人間を模倣する必要がある。リタがありのままで生きていけないのなら、それはこの世界が間違っているんだ」
非現実的な状況のためか歯が浮く様な台詞を吐いてしまう。
しかし、それは厭世的な俺の本心、本音である。
それが間違いだったのか、何故かリタは涙を流し始める。
「ごめん、気に障ったか」
「違います。嬉しくて、嬉しくてどうしようもないんです。夢じゃ、ありませんよね」
ああ、どうしよう。
希望を持ってもいいのだろうか。
本当に、昨夜の感情のまま生きていいのだろうか。
ここは、俺たち二人だけの場所。
遮るものなんて何もないじゃないか。
「夢じゃない。夢で終わらせない。俺は、優しさの力を信じたいんだ。だから、リタがありのままで過ごせるように、出来る限りのことはやるつもりだ」
「どうして、そこまでしてくださるのですか」
「うんざりなんだ。この世界のことも、自分のことも。でも、この世界に生まれてきて良かったと思いたい。今までの暗い人生は無駄ではなかったと思いたい。だから、これはエゴだけど、行動で人間の醜さを否定したいんだ」
この感情任せの言葉を理解してくれるだろうか。
「わかりました。それなら、私も全てを受け入れる覚悟で挑みます。ぜひ、協力させてください」
その言葉に嘘偽りはない。
しかし、こんな話は、朝の食卓でするものではないな。
少しだけ、可笑しい。
「じゃあ、これから、よろしくな」
「はい」
話に区切りをつけ、再び箸を進める。
これからどうしようか、そう悩める休日は久しぶりだ。




