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ラヴァーソウル、それはどこからともなく現れ、いつの間にか人間社会に馴染んでいた、愛を糧に生きる生き物である。

一見して人間と全く同じ姿形をし人間と同じ言葉を発するその生き物は一般的な生命活動を必要とせず、人間から与えられた愛情によってのみ生き永らえる非現実的な存在。

そのため、どのラヴァーソウルも顔立ちや体は大層整っており人間に対し従順で媚態な性格をしていた。

だからこそ、人間と良好な関係を築けるはずもなく、ラヴァーソウルは古くから人間に利用され慰み者にされてきたのだ。


今も尚、その歪みは肥大し続けている。



冬。

街を外れた山道、枯れ木に囲まれ積雪の上に仰向けで倒れている服をはだけさせた女性を前に、つなぎ服を着た男が二匹。

銀世界、ガラスのように澄んだ冷気が耳を切りつける空気の中、ラヴァーソウルがいた。

一見、人間の形をしているが、全身の肌が黒く変色しているため、これはラヴァーソウルで間違いない。


「これはもう、ダメだな」


隣に立つ金髪でチャラチャラした新人の田中がそう呟く。


「じゃあ、さっさと片付けますか」


「待て」


耳を澄ますと掠れた歌声が聞こえる。

彼女の口元は僅かに動き、体を見ると胸の中心に曇天から覗く青空のように白い肌が残っていた。


「まだ生きている。一旦、職場に連絡するから変なことはするなよ」


そして、携帯を取り出し連絡を取ろうとした途端、唐突に田中は彼女を足蹴にし始める。


「おい!」


田中を押し退け暴行を止める。


「なにするんすか」


「こっちのセリフだ!」


ラヴァーソウルに目を向けると、白い肌は黒に侵食され、次第に彼女は動きを止めていった。


「虫の息のラヴァーソウルを保護してどうするんすか。メンドウごとはゴメンっすよ」


「……くそっ!」


今にも田中を殴ろうとする衝動に駆られたが、それこそ余計に事を大きくするだけだ。

俺が怒りに震えている間、傍に停めてあるトラックから納体袋を取り出し淡々と作業を進める田中。


「センパイ、そっち、よろしくっす」


遺体を運ぶように生意気に指図する後輩。

俺は頭側を持ち上げ、二人で袋に納めたラヴァーソウルをトラックの荷台に積む。


「んじゃ、行きましょうか」


苛立つのは後輩の軽々しい態度故か、それとも自分の無力さ故か。

そのままトラックの運転席に乗り込みエンジンをかける。


「センパイ、この仕事、向いてないんじゃないっすか?」


何も話すことはないと無言でトラックを走らせる。


「センパイ、彼女いるんすか?あぁ、いや、女を抱いたことはありますか?」


この新人と一緒に仕事をするのは三回目だが、相変わらず口うるさい。


「昔は俺も女に幻想を抱いてましたよ。でも、一回ヤッてみれば、なんてこたぁない。ヤッた後に寝る女の顔なんざ醜いもんすよ」


下卑た笑いを浮かべる田中。


「ラヴァーソウルだって、そんなもんでしょ。媚びへつらうだけの肉の塊だ。殺したって誰も咎めはしない」


ああ、胸糞悪い。


ラヴァーソウルは人の悪意にさらされると肌を漆黒に染める特性がある。

始めは四肢の先端、指先やつま先が黒く染まり、次第にその黒は胸の中心部に向かって広がっていく。

悪意から解放されると侵食は止まるが、一度染まれば二度と白い肌に戻ることはなく、悪意に晒され続け全身が黒に染まるとラヴァーソウルは死に至る。


この特性は関わった人間の性根を測る試金石となるため、ラヴァーソウルが忌み嫌われる要因の一つとなっており、その黒くなった生き物と関係が明らかになった者は犯罪者としてお縄につく。

そのため、今回のように黒いラヴァーソウルを投棄する事件が横行しているのである。

そして、俺らはそれを回収する仕事をしている。


「センパイ、コンビニ寄ってもらっていいすか」


「またタバコか」


「車内で吸っていいなら、別にいいっすけど」


「……わかったよ」


訪れた沈黙の中、尻目に田中を見ると彼は自分の首を執拗に掻いている。


「おい、まさか、お前」


「え?あ、ああ、別に何でもないっすよ。俺、よく蕁麻疹ができるんす。もしかしてセンパイ、あの話を信じてるんすか。あんなもん、嘘に決まってる」


田中のその言葉には精一杯の強がりが含まれている様な気がする。

俺は不安を抱えながらトラックを走らせた。



コンビニに到着すると田中は早速トラックから降り、外に設置された灰皿に一直線に向かう。

俺はストレスを軽減させるため、コーヒーを買いに店内へ。


──この仕事は俺には向いていない。

それは正しく、その通りだった。

ラヴァーソウルに感情移入していては身が持たない。

そもそも、彼女らには感情が存在しないとされており、その表情や仕草、発声などは全て、人間から愛を得るための反応に過ぎないと言われている。

だが、あれを実際に目の当たりにすると、そう割り切れない。

一般常識を語る田中が異端に思えてしまうほど俺は歪だった。


ホット飲料が並ぶ棚の前、上の空で立ち尽くしていると。

──外から女性の悲鳴が聞こえた。


嫌な予感がした俺は急ぎ外へと飛び出す。

その元凶は、すぐそばにあった。

コンビニの壁際にある灰皿の横に赤黒い花が咲いていた。


俺はすぐさま職場の上司に直通の電話をかける。

しばらくして、電話が繋がる。


「もしもし、黒崎です」


「ああ、高橋だ。何かあったか?」


「新人の田中が、咲きました」


「……そうか。とりあえず、警察を呼んで対応してくれるか。後の業務はこっちで引き継ぐ」


「わかりました」


電話を終えた後、田中に近づく。

彼は壁にもたれかかり足を伸ばし座っている。

その体の至る所から植物の様な根が生え、そして。

大きく開いた口から伸びた茎が肉厚で赤黒い花弁がある花を咲かせている。


悲鳴をあげた女性がそばで蹲っている。

そして、様子を確認しに来た男性の店員は絶句している。


「すみません、こいつは俺の仕事仲間で、どうやら花咲病を発症したみたいです」


「え、えぇ、あぁ」


「俺が警察に連絡するんで、そちらの女性を介抱してやってください」


「は、はい」


さて。

警察に連絡を取ると、あちら側も慌てた様子もなく、淡々と事務的な応答が交わされる。


花咲病、それは未知の病である。

初期症状として発疹ができたり倦怠感が現れたりと様々だが、行きつくところは同じ、体の何処からか花が咲き死に至る。

一つだけ判明しているのは、その人間は例外なく黒いラヴァーソウルと関わっていた、ということである。

ラヴァーソウルが未知のウイルスを生み出しているのか、別の要因があるのか、そもそもこの様な超常的な事が有り得るのか。

原因は不明のままだが、街のあちこちで花を咲かせた人間が現れる時代、今更驚くようなことではない。

まぁ、実際に目にするとそこの女のように取り乱すのは仕方のないことだが。


そして、数十分の時を経て現れた警察の対応を終え、俺は職場に戻るのだった。

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