さてはて、これで仕込みは十分かな
思いっきり叫ぶことになる1時間前のことである。
ダラダラ過ごしているとアパートのチャイムが鳴った。来客の予定は無いし宅配を頼んだ覚えも無い。心当たりといえば佐渡くらいのものだが、昨日ようやくテストプレイを1作品分終わらせた所なので違うと判断。誰だろうかと思いながら玄関のドアを開けると、しばらくは聞きたくなかった声が聞こえて来た。
「ヤッホー!!また来ちゃった」
咄嗟にドアを閉めるが靴を間に差し込まれる。
「チッ」
「舌打ち!?えっ私何もしてないと思うんだけど……?」
「ヒント、昨日までの所業」
「それに関しては私も結構思うところがあるんだけど……ゴメンナサイ」
腰に手を当てるがここは現実。昨日まで頼りにしていた拳銃はゲームの中に置いて来ている。
なぜここまで反応してしまうかと言うと、昨日までテストプレイしていたゲームが原因であるのだが語り始めると長くなる。あえて1行に纏めるとすると、サポートキャラ(cv佐渡)がゴメンナサイと謝りながらラスボス(殺意MAX)してきただけである。
「おふざけはここまでにしてと、とにかく幼気な女の子が家を訪ねて来たんだからさ?男なら喜んであげてくれても良いんじゃないかな?って思うわけなんだけど」
観念してドアを開ける。そこにいたのはもちろん佐渡で、今日も今日とて高校時代から変わらない服装。化粧など一切しておらず、長く伸びた黒髪は首の辺りで一つにまとめられただけ。ダボっとした灰色のパーカーは首元が緩んでいるし、ジーンズに至っては履きすぎであからさまに膝の色が薄くなっている。
「ん、いたいけ?」
顔から少し目線を下に下げる。大きな双丘がパーカーを押し上げている……事もなく、断崖絶壁が目の前に立ちはだかっていた。
「おんな……のこ?」
「おい貴様、今どこを見て言った?あぁ?言いたいことがあるなら中で聞こうじゃないか」
「いや、中も何もここ俺ん家なんだが?」
「入れてくれないとセクハラされたって騒ぐ」
「何のことか心当たりが……わかったから早く入れ」
思いっきり息を吸い込んだところでこれ以上は危険と判断。渋々中に招く。
「はーい、お邪魔しまーす。全く、こんな可愛い女の子を自宅にあげるなんて全国の男子大学生にとっては血涙物のイベントよ?」
「鏡って言う便利な物知ってる?」
「可愛い女の子しか映らないですが何か?」
いつものように言い合っていると佐渡は部屋に入るなり1つしかない座椅子を陣取り、持ってきた鞄から1つのパッケージを取り出した。
「今日もお土産持って来たからね。ほら、気になるでしょ?」
「気になると言うと……それ、お土産というより押し売りの方が近くない?」
「製品版だと1万超えるんだよ?それをタダでプレイできるんだから十分以上にお土産でしょ。それはさておき、今日のお土産はー?もちろん、天才ゲームクリエイター「リナリア」の新作!なんと!今ならあなたが1番最初にプレイできちゃいます!ワーワー」
AI技術が発展し、誰もが1人でゲームを作れるようになった現代。ゲームクリエイターに必要なのはシナリオとゲームシステムの構成力。そのどちらもが優れていると話題……らしい新進気鋭のゲームクリエイター「リナリア」が、実に残念なことに目の前に存在するコイツなのである。
拍手しながらセルフ効果音まで持ち出して自分をよいしょする姿に出会った当初の清楚な面影はない。時の残酷さを恨むべきか、こいつがこんなんになる原因となった過去の自分の発言を恨むべきか。
座椅子を取られたのでいつものようにベッドに腰掛ける。
「それで、今日持ってきたやつはどんなやつ?」
「反応薄いなぁ……まあいいや。それではおまちかね、今回のジャンルを発表します。ダカダカダカダカ……ジャン!」
ここで先ほど取り出していたパッケージを目の前に突き出してくる。パッケージには剣を持った男と黒い衣装に身を包み手の上に黒い球体を浮かべた女が対峙しており、その上には「Fantasy life simulator(仮)」と書かれていた。
「今回は「リナリア」初!ゲームの王道であるファンタジーRPGでございます!!」
ふんすっと鼻息が聞こえてきそうなドヤ顔。実を言うと結構楽しみだが素直に反応するのも腹立たしいのでベッドから立ち上がりコンロ食器棚へと向かう。
「ええやん。あ、そういえば飲み物はアルコールで良い?」
「ありがと……って反応薄っ!?いや、それよりもアルコール!?普通お茶じゃない?」
「昨日薬局で買って来たんだよ。で、いる?」
「昼間から私を酔い潰して一体何をしようと……因みに度数は?」
「70%」
「消毒用じゃん。目を潰されるのは勘弁かなぁ」
普通にお茶を注いで机の上に2つ置く。再びベッドの上に座ると、佐渡が膨れっ面でこちらを睨みつけてきた。
「王道のRPGがやりたいって言うから色々調べて頑張って作ったのにさ、その反応は酷いんじゃないかな?」
「俺は新作出たからワイバーンクエストがやりたいって言ったんだけどなぁ」
「と!に!か!く!!私頑張ったんですけど?」
「はいはい、ありがとな〜」
「感謝の言葉が軽い!!」
「いや、……はぁ。お前のゲームは絶対おもろいからな。まぁ正直ワイクエやりたいっていう一言を覚えてて勉強してくれたっていうなら嬉しいよ。ありがとな」
「っ……ふ、ふん!今更そんなこと言ったって許してあげないんだから」
プイっとそっぽをむかれたが、雰囲気的に機嫌は治っているのはわかる。現に半分見える頬は緩みに緩みきっていた。
「せっかく作ってくれたゲームだし、早く遊びたいなー。楽しみだなー」
「うぅぅ、しょうがないなぁ!よし、そこまで言うんだったら早速始めようか!」
顔を真っ赤にしてバッグからパソコンを出す佐渡を尻目にVRセットをベッ慣れた手付きでケーブルの接続やパソコンの設定を終わらせると、VRヘッドセットと一緒にパッケージをこちらに渡してきた。
「接続できたよ!いつでもどうぞ」
VRゲームをする時はベッドに寝っ転がっているだけになるので、佐渡はパソコンにケーブルを繋ぎリアルタイムでプレイを見ながら作業するがいつものプレイスタイル。
パッケージからカセットを取り出してヘッドセットに取り付けると、佐渡に声をかけられた。
「あっ、そうそう。今回はゲームシステムがちょっと難しいかもしれないから、チュートリアル飛ばさないでよ?」
チュートリアルという言葉で努めて意識しないようにしていた事を意識させられる。こいつの作るゲームではチュートリアルがストーリー性を持っており、毎回胸糞悪いバッドエンドで終わるのだ。ゲーム理解度が低いとどうなるか誰かしらの死をもって体感させてくることが多く、ゲームにのめり込む一因にはなるのだが毎回となると鬱になる。前々回のチュートリアルは上手いこと飛ばすことが出来たので今回も狙うだけ狙うと決めていた。
「前向きに検討する事を善処します」
「流そうとしないで?とにかくまずはチュートリアルだよ?絶対だからね?」
「じゃあログインするから。お菓子はいつもの棚に入ってるから勝手に食って」
これ以上言われるとめんどうなのでヘッドセットを被りとっととログインを開始する。
「話を聞いて……ってもうログイン始めてる!?チュー……」
目を閉じる直前、佐渡が慌てた様子で何か言っているのが見えたが気にしないことにした。
ログインしていったのを確認し、戸棚からお菓子を取りだして定位置になった座椅子に座る。一息つきながらパソコンを覗くと、ちょうどゲームエリアに入ってくる所だった。
一瞬で服装が変わったアバターを第三者視点で眺めながら、ここまで予想通りに事が進んでいることにほくそ笑む。
「前回はあんなクリアのされ方しちゃったからね。まずは鬱憤ばらしに付き合ってもらうよ」
話し声が無くなり静かになった部屋で、様々な感情のこもった瞳がひたすらに画面を見つめていた。