あーあ、私の言うことを聞かないから
高確率でエタります。それでも良い方はお進みください。
(揺れてる?それに、外が騒がしいような)
毛布を跳ね除けて起き上がると煙を思いっきり吸い込んでしまった。激しく咳き込んでいると上から火の粉が降ってきて肌を焦がす。
(あつっ!火事?速く逃げないと)
転がるように家から出ると目に飛び込んできたのは家々を燃やし黒い空をオレンジ色に照らす火柱。ごうごうと音を立てて燃え上がっている炎と炎の間、そこにはキョロキョロと辺りを見回す1匹のゴブリンが居た。
(戦う?ゴブリンといったら弱いに決まってる。1匹くらいどうにだって……)
キョロキョロと辺りを見回していたゴブリンと目が合う。炎に照らされギラギラと光る目が細められ、鋭い牙の並んだ口の両端が引き上げられた。
人間とは違う、初めて見る生き物でもそれが何を意味しているかわかった。殺す殺されるの関係ではない。好物を見つけたような、そんな此方を餌としてしか見ていない捕食者の笑み。
気がついたら走り出していた。
思い通りに動かない足を必死に動かして距離をとる。
(追ってきてる?足音は?……ダメだ、火事の音で何も聞こえない。あの身長じゃ足は速くないはず。とにかく逃げないと)
吹き付ける熱風が顔を炙る。煙で視界が悪い中激しく燃え続けている家々の間を走り続けていると、不意に涼しい風が頬を撫でた。新鮮な空気を求めて風の吹き込んできた方に向かうと村の外れに出ることが出来た。
後ろを振り向いてゴブリンが追いかけてきていないことを確認し、一息つく。
(だめだ、もう走れない。取り敢えず隠れないと)
前方には背の高い木々が並ぶ真っ暗な森が広がっており、不気味なことを除けば隠れるのに適している様に思えた。
意を決して森へと踏み込む。視界の無い中、何度も転びそうになりながら歩く事数分。ここまで来ればもう大丈夫だろうと木にもたれ掛かるようにして腰を下ろす。少しほっとしたせいか今まで抱えていた疑問が一気に溢れだしてきた。
(思わず逃げてきたけど、ゴブリンに村が襲われたってことだよな。そういえば他の村人はどうなったんだ?逃げたのか捕まったのか……。どっちにしてもどうして俺は燃えてる家の中に1人で取り残されてたんだ?)
横からザリッという音が聞こえ我にかえる。はっとして振り向くと暗闇に浮く 、黄色い2つの光。その正体は風が木々を揺らし、月の光が差し込んできたことでわかった。
それは鈍器を振り上げたゴブリンの目で……
「やっやめ……」
頭部への衝撃と共にそのまま視界が暗転した。
徐々に視界が戻ってくる。手足を動かそうとしたが何かで縛られているようだ。襲いかかる頭痛に顔をしかめながら辺りを見回すと、ピクリとも動かない男が2人とゴブリンに3匹がかりで押さえつけられている男が1人。そしてその周囲を4~50匹は居るであろうゴブリンが隙間なく囲んでいた。
意識を取りもどしたのに気づかれたせいだろう。回りを囲んでいたゴブリンの中から2匹が出て来て胴体と足を押さえつけられる。
ざわざわと何かを話し合っていたゴブリンたちが急に静かになったかと思うと、囲いの一部が崩れて3メートルはある、一際大きいゴブリンが後ろから現れた。
そいつはこちらに近づいてくると、倒れている男の頭を掴んで持ち上げる。
持ち上げられたことで見えるようになった男の姿は正に凄惨というべき他無いものであった。四方八方から殴られたのであろう。血で赤く染まった鎧はあちこちがへこみ、腕や脚に至っては骨がなくなってしまったのでは無いかというほどにぐにゃりと垂れ下がっている。
突然、今まで反応の無かった男がうめき声をあげながら苦しむようにビクビクと動き始めた。よく見てみると淡い光の粒が身体中から頭の方へ流れて行き、ゴブリンの手に吸われていっているように見える。徐々に光の粒が少なくなっていき、30秒ほどすると光が無くなるとともに男も動かなくなった。ゴブリンはピクリとも動かなくなった男に興味が無くなったのか無造作に放り捨て別の男の頭を掴み同じように持ち上げる。
思わず顔を背けると、未だにもがいている男と目があった。
「なぁ……何で……見てるだけなんだよ」
声を出した途端ゴブリンに殴られるが、こちらから目を逸らさない。
「お前なら……あいつら位……余裕なんじゃねーのか?」
顔を殴られ頬を切ったのか血を吐きながら、それでも叫ぶ。
「あの人の……勇者の息子なんだろ!」
急に力が湧いてくる。
――事はなく。
覚醒して魔法が使えるようになる。
――なんて事もなかった。
たとえ勇者の血筋に力が宿っていたとしても、俺には力の引き出し方などわからない。
――戦い方など、何一つ学んでなどいないのだから。
「あがぁぁぁぁ」
ついに2人目も放り捨てられ、今度は暴れている男が掴み上げられた。痛みに悶え激しく暴れているがゴブリンが頭から手を離す素振りは全く見られない。
「す、吸われて……?や、やめろ、やめてくれ!これ以上は……」
持ち上げられた男の顔が冷め上がり、体が震え始める。段々と力が抜けていき、叫び声も段々と小さくなっていく。
「お前なんかじゃなくって、俺が勇者の子供だったら……」
最期に呟くようにして放たれた言葉はやけに明瞭に聞こえて来て。倒れたまま動けないでいる自分の耳を容赦なく刺した。
もう10秒ほどして完全に動かなくなった男を放り捨てたゴブリンがこちらを向く。ゆっくりとした足取りで目の前までくると、死んでいった3人と同じように頭を掴んで持ち上げられた。頭を万力で締め付けられたかのようで、どれだけ足をばたつかせようと一向に緩む気配がない。
そんな状態にあっても、頭の痛みなどすぐに気にならなくなった。
体の中から温かい何かが吸い出されていく。足先からどんどん冷えていき、熱を失った部分が全ての感覚を失う。
まるで徐々に自分が消えていくかのような恐怖。喚こうとしても既に息が吸えなくなっており、ただ口を開けることしかできなかった。
光が消える。もはや頭を締め付けられる感覚すら無くなった。徐々に意識が遠のいていって……
視界いっぱいに広がる「bad end 」の文字。
操作ウィンドウを表示するため虚空を2回タップすると、「あなたの人生を振り返りますか?」の文字が出てきた。
秒でいいえを押し、背後にあるゲートへとダッシュ。そこに置かれているベッドに飛び込み仰向けに寝っ転がると、五感が徐々に現実の物と切り替わっていく。
完全に現実世界へ戻ってくると、出しっぱなしになっていたソフトのケースを掲げ
「トラウマになるわボケェ!!」
思いっきり布団に叩きつけた。
深呼吸をして気分を落ち着かせていると、同じ部屋にいるもう1人がニヤニヤと笑いながらこっちを見下ろしていることに気づく。こいつの名前は佐渡紀子。高校で知り合い、大学に入った今も1ヶ月に1度程のペースで新しくゲームを作ったと言っては家に押しかけてテストプレイを強要してくるゲーム仲間?である。
「それで〜?忠告に逆らってまでわざわざチュートリアルをスキップしたあげくただのゴブリンに負けたわけだけどぉ。テストプレイだし?ゲームをプレイした感想を教えてほしいなぁって」
前言撤回。仲間なんかじゃなかった。敵だ。