おとぎ話の後で
「童話史上最も不幸な姫は私よね」
腰から下がヒレの女が言いました。
「恋した男のために、声と引き換えに足を手に入れたのに、その男他の女と結婚しちゃうのよ。それで意地の悪い魔法使いの呪いで、泡になるのが嫌なら男を殺せって。できるわけないわよ。泡になるしかないじゃない。あんまりよ。可哀想すぎるわ。私のお話は」
「確かに悲しいお話の代表ね。でも物語の幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしだって、あてにならないのよ」
美しい顔の薄汚れた服の女が言いました。
「不幸せな人生が王子に愛されるだけで、永遠の幸せへと本当に続くと思う?」
色の白い美しい顔の女が好奇の目で続きを待ちます。
「王子が私を選んだ理由はただ一つ。美しいから。つまりもっと美しい人がいたら、心変わりしてしまうのよ。意地悪な母や姉だって、死んだ訳じゃないのよ。おとなしくしてるわけないでしょ。めでたしどころか、心労は増えたわよ」
「そうそう。王子と出会って幸せに暮らしましたとさなんて手抜きもいいところよ。ハッピーエンドなんてものは手抜きね」
眠たげな女があくび混じりに言いました。
「私だって寝たままの方が、幸せだったのよ。なのに頼んでもいないのに起こされて。王族なんてうんざりよ。泡になって消えていくなんて、案外幸せな結末かもしれないわよ」
「そんなことないわよ」
ヒレを持つ女は怒って言います。
「ハッピーエンドが手抜きなんて、贅沢言わないでよ。そんなおごりがあるから本当のハッピーエンドに辿り着けないのよ。ひとまずは幸せに終わった主人公が、不幸を語らないでよ」
薄汚れた服の女と眠たげな女が、罰の悪い顔をした横で色の白い美しい女が言いました。
「でも、ひとまずの結末が不幸だからって最も不幸っていうのは大袈裟じゃないですか」
皆の視線が色の白い美しい女に集まりました。
「私なんて美しいって理由だけでお妃さまに睨まれて、毒りんごを食べさせられてしまうんですよ。それで一回死んだみたいな扱いを受けて。酷いお話ですよ」
色の白い美しい女は遠い眼をしながら、うっとりとしています。
それを見た他の姫君は次々に言いました。
「でも殺せと命じられた猟師は逃がしてくれるじゃない」
「それに七人のパトロンにも優しくされたじゃない」
「パトロンじゃなくて小人ですよ」
色の白い美しい女は、頬を染めながら言いました。
他の姫君の眉間には、しわが寄っています。
「美しいって理由だけじゃなくて、お妃はあなたに思うところがあったんじゃないかしら」
薄汚れた服の女が呆れ顔で言いました。
そこへ冷たい空気とともに一人の女が現れました。
「それならば私を、加えてくださらない?とっても悲しいお話なのよ」
皆の視線は、その女に注がれます。
「私は、冬姫と春王子に登場する冬姫。冬の国で暮らしていたのだけれど、ひょんなことから春の国に行くの。そこで春王子と出会い恋に落ちるのだけれど、私は寒さをまとっているものだから、春の国の花々を枯れさせ人々を凍えさせる、いてはいけない者だったの。そこにいては、自分も溶けてしまう。だから一人、冬の国に帰ったの。決して結ばれない悲しいお話でしょう」
姫君たちは黙りました。
沈黙を割いたのはヒレを持つ女でした。
「冬姫と春王子ねぇ。そんなお話聞いたことある?」
皆首を振ります。
「残念だけど、もっと有名じゃなきゃ不幸な姫の称号はあげられないわ。話がマイナーよ。誰も知らないじゃない」
「知ってる人は知ってるわよ。よくもそんなひどいことが言えるわね。あなた根性が歪んでるから王子に選んでもらえなくて、泡になったのよ」
「なんですって」
姫君たちの声は、大きくなります。
するとそこへ、王子がやってきました。
「姫君たち少し静粛にしていただけませんか」
「あら、幸福の王子さん」
色の白い美しい女は愛想よく挨拶しました。
ヒレを持つ女は心底同情の顔をして言いました。
「あぁ、幸福の王子。そのタイトルが皮肉なほど不幸な王子」
眠たげな女も悲しい顔で言いました。
「献身的自己犠牲から、自らをボロボロにして、他者の幸福を願う悲しい王子」
王子は困ったように会釈しました。
すると色の白い美しい女が屈託なく言います。
「でも、つばめさんが可哀そうって言われてますよね。王子は、つばめさんを無理に手伝わせて自分の目が見えなくなったころ、ありがとうお行きなさいって言うんです。そんなの誰だって罪悪感から行けないですよ。王子は不幸な人を幸せにした自分に酔いしれているだけなんです。本当に聖者なら、つばめさんの幸せも考えられたはずです」
「さすが、舌も毒リンゴに侵されてるわね」
ヒレを持つ女がそう言うと、姫君たちは大笑いしました。
「なんかお腹空いちゃった」
薄汚れた服の女がそう言うと皆そうねと同調しました。
「では、なんか食べに行きましょう」
そうして姫君たちは仲良く立ち去りました。
幸福の王子は一人佇んでいます。
「つばめくーん」
王子が言うと、どこからともなく一羽の燕が王子の肩にやってきました。
「つばめくん、本当にすまなかったね」
「王子、またその話ですか。何度も言ってますけど、僕は自分の意志で王子を手伝ったんですよ。もちろん最初は違いましたけど。でも、手伝ってよかったんです。僕が何も知らないまま温かい国に渡り、生き続けたとしても王子の側で生きた時間ほど濃く実りあるものにはなりませんでしたから」
「どういうことだい」
「王子の側で悲しみにくれる人を、その悲しみから解き放つ手伝いをしました。世界には多くの悲しみがあると同時に、それを消せる術もあると知りました。人の幸せを願えることが、こんなにも自分をも幸せにすると気づいたのです。だから王子の側にいたことは、僕にとって誇らしいことなのです」
「あぁ、つばめくん。私は本当に幸福の王子だったんだね」
王子と燕は、それはそれは幸せそうに微笑んでいましたとさ。
めでたし、めでたし。