表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 月の花 ボヤージュ201  作者: 柩星ウサギ
8/9

 第七話 心は自分だけに盲目


 目覚まし時計の音はオルゴールで演奏されるきらきら星。クラシカルで軽量なシロフクロウの姿をした愛用の目覚ましはかれこれ十年以上、俺に朝を連れてくる。三歳の時に贈られた母親からの最初で最後の誕生日プレゼント。すごく気に入ってる。

 

 俺は目覚めが良い方なのですぐさま視界がクリアになる。そうしてベッドからもすんなり抜け出すと軽くストレッチをして固まっていた身体を動かして一日を始める準備をする。

 部屋を出てすぐそばの洗面所で歯磨きと洗顔を済ませる。パジャマを脱いで洗濯カゴに入れ、そのまま用意していた制服に着替える。着替え終わったら一度部屋に戻って鞄を取る。今日必要なものは昨日のうちに準備してある。万が一寝坊しても遅刻しないようにいつも準備している。今のところ無遅刻無欠席だからただ便利なだけだが。


 制服に着替えて鞄を持って、リビングへ。

 

 「おはよう」


 時刻はまだ午前5時。この家に住んでいるのは俺と網野、そして父さん。父さんはよく大学に泊まり込んだり日本にいないことが多く、ほとんど家にいない。基本的に家のことは住んでいる俺と網野でする。朝食の準備は昨夜のうちにしておいた。自分の席にカバンを置いて素早く二人分の食器に料理を盛り付けて並べる。冷蔵庫からよく冷えた2リットルピッチャーの水を取り出して、コップに注いだらテーブルに置く。そして最後にテレビをつけるともうニュースがやっていた。朝からご苦労様です。


 「おはよ。相変わらず早いな」


 「おはよう」


 網野が起きてきた。制服に着替えていて、カバンも持ってきている。二人揃った。


 「「いただきます」」


 二人で声を合わせて食べ始める。

 メニューは白いご飯とウインナー3本に塩焼き鯖。ツナ昆布サラダとアセロラ寒天。

 俺が作ったのは塩焼き鯖とアセロラ寒天だけだけど、なかなかに味と栄養を考えて作ったと思う。


 鯖に箸をいれてほぐして、ご飯に乗せて一緒に味わっているとテレビからなんだか聞き慣れないポーン、という音がした。

 食事に集中していた視覚をテレビに顔を向ける。ニュース番組のテロップには赤い文字で緊急と書かれていた。さっきまでのニュースの解説を中断して、今日の自殺者の話になっていた。どうやら、今日の未明に九州の鹿児島や長崎の方で測ったような同時集団自決が、神奈川県と千葉県で地面がマグマのように赤く燃え上がったという不思議な事が起きたらしい。自殺者の年齢層はまだ小学生から七十歳以上の老人まで、自殺した場所も学校や自宅、商業施設などバラバラ。過去の自殺のデータが当てはまらないほどにバラバラな死に方のようだ。死者数は鹿児島と長崎合わせてざっと四十人、これまでのなかではかなり少ない方だ。そして神奈川と千葉のことについては現在政府が調査を行なっているが分かったことはほとんどなく、地域に住む住民達の救助を急いでいると言う。

 コメンテーターが彼らの冥福を祈るのと同時に一刻も早い連続自殺の終わりを願って、別のコメンテーターは燃え上がる大地によって閉じ込められた状態の神奈川県民と千葉県民の無事を祈っていた。

 ふと、昨日の魔女とのやりとりを思い出す。俺はこのまま灰宮と関わり続けるのならばほぼ確実に間違いなくテレビの向こうのこんな事態に直面することになる。第三者としてではなく、当事者として。別にマグマ溜まりと化した地面の中にどこかのロボットのように沈むとしても俺はこの年で死ぬことを惜しむほど世界と人生に期待はしていないからそれはまぁいいとして、このことは網野には言うべきだろうか?言った方がいいんだろうな。

 少なくとも同居してる人間が命の危機になるほどのトラブルに巻き込まれる予定があるのならばそれは知っておいたほうが苦労は少ないんだろうな。いやしかしそうなのだとしても本来は赤の他人である彼がなぜ俺たち家族の自宅マンションで同居しているのかという事情を俺は深く知っているどころかそうなるまでに深く関わっているので彼の過去のことも踏まえると言い出すのは躊躇われる。


 「なぁ、今週末にかささぎ駅の近くの商店街でやる七夕祭り、今年も一緒に行く予定だろ?提案があんだけどさお前がそうしたいんなら灰宮のこと誘ってみるか?」


 「…は?」


 俺がそれなりに重たい悩みを抱えている時にコイツはなんと俺の誕生日に行われる夏祭りに誘ってきやがった。

 しかも灰宮のことまで持ち出してきて。おかげで先ほどまでの悩みはもう全て頭から吹き飛んでしまった。


 「いや、なんでいきなり灰宮が出てくんだよ」


 その言い方じゃまるで。


 「え?お前、灰宮と一緒に行きたそうにしてんじゃん?」


 自分自身でも分かることのできない本心というものは案外他人にはバレバレだということを俺は今朝、身をもって味わうことになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ