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 月の花 ボヤージュ201  作者: 柩星ウサギ
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 第五話 魔女さんの忠告と人類大量死事件


 魔女、と目の前の女は名乗った。

 それだけでは別に驚く理由にはならない。俺自身は怪奇的な存在に対しては懐疑的ではない。それらの存在を文字通り身をもって味わった実体験もあるから。

 この世に絶対がないとは言うのだから、非科学的なものが絶対に存在しないと信じられているからといってそれは彼らの存在が絶対にないということの証明にはならない。

 寧ろ非科学的故にその不在を証明出来ないのだから。


 話を戻そう。彼女は一見すると女子高校生としては愚か、女性として理想的な女性だ。同性から嫉妬と憧れを集め、異性からは尊崇の念を向けられ遠巻きにされるタイプだろうな。

 身長はおそらく女性にしては高身長な170センチ、すらりとした体はモデル型で、身にまとった上品な黒ブラウスと赤いタイトスカートは二色だけのシンプルなデザインが彼女の気品を演出している。そしてスカートの輪郭からでも分かる長い足、走ることは愚か、歩くことさえも困難だろうとさえ思えるデザインのヒール。あれで疾走中の俺を40分追いかけ回したのだとしたらそれこそ魔女だ。

 テレビ越しに見るヨーロッパの美人のように思える。日本的な名前に反して、どこか西洋美人のように見える明るい色をしたロングヘア。そして頭にはこれまた西洋貴婦人的な雰囲気を醸し出す黒いトーク帽。

 全体的に、日本人離れしているように思える。


 女―――(はね)()はその金色の瞳で俺を見つめる。


 そしてふ、と憐れむような、底なし沼に溺れる者に最期の慈悲として向けるような色情的な笑みを浮かべると凛とした声でこう言った。


 「まどろっこしい言い回しは面倒ですし好きではありません。ですから単刀直入に言うわ。あなた、もうこれ以上灰宮アイネに関わるのは控えることね」


 「は――――」


 なんで、

 なんでこの人は俺が灰宮と関わりがあることを知っている。

 俺とこの人は初対面だ。

 かささぎ第一中の生徒のほとんどが進学する先である第一高校の生徒であるとはいえ、なぜ俺なんかの人間関係がこんなクラスの、いや学年の支配者のような人に知られている。


 驚きで固まった俺を見て、少しだけ愉快そうに表情を変えた翅実は何も言えず固まる俺に告げる。


 「言ったでしょう、私は魔女。どこで誰が何してるかだなんてお見通し。そんなコト、分からない方が変でしょう?」


 魔女ですもの。

 そう言ってくすくす笑ったまま、魔女は続ける。


 「話を続けるわ。あなた、これ以上彼女に関わるのなら、これから先の運命が世間一般の人間より遥かに奇想天外で過酷で非常識なものになるわ。それは間違いなし」


 それと、と続けて魔女は言う。


 「あなた、どうやら人間の神職からこの一年以内に命がいくつあっても足りない事態に陥るって予言されてるそうじゃない。――――その神職は優秀なのね、でも未来の不幸を回避する方法までは見えていなかったのかしら?それとも、見えていて教えなかったのかしら?まぁそんなことは置いておいて」


 凍りついたように固まったままの俺を置いて、魔女はなおも話を続けた。


 やめろ、聞きたくない。それ以上は聞きたくない。

 本能に近いなにかが俺の中で激しく吠え立てる。何もできないままの、黙りの冷え切った表側の俺とは正反対に内側の俺は檻の中で暴れ狂う猛獣じみた感情が喉を突き破り俺を引き裂いてしまわないようにするのに精一杯だった。


 「これは間違いなく善意からの忠言よ。灰宮アイネは人間なんぞが関わっていい存在じゃない。今はなんともないみたいだけれども、それももう限界よ。()()()だけですむだなんて奇跡としか言えないわ」


 「―――自殺、者?なんだよ、それ」


 やっと絞り出した声は、何年も発声していなかったかのようにかすれていて、震えていた。

 とぼけるような、しらを切るようなニュアンスを持ってしまった理由はよく分からない。


 「北海道から沖縄まで、日本だけでなく海外に目を向けるのならば地球全土で頻繁に起きている連続自殺。飛び降り、絶食、入水、焼身、首吊り、服毒、刃物、一酸化炭素中毒等々の手段による自殺者がここ数ヶ月これらの地域で急増しているのよ」

 

 「あなたも聞いたことぐらいはあるでしょう?自殺を試みた者たちには共通点もなく年齢も性別も人種も、あとカーストもまばらで国際警察の捜査が難航しているという事件。最近はこの噂でどこも盛り上がってるわよ?自殺者だけじゃなくて不自然な突然死も多くなっているっていうのも噂が盛り上がる理由の一つね」


 「――――――」


 知ってはいる。ちょうど二、三ヶ月前から宮城のみならず東北全土、北は北海道から南は沖縄まで。世界に目を向ければヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカのみならず世界の果てに至るまで連日夥しい数の死亡者が出てくる事態だ。人間に限らなければ犬猫や鳥類、爬虫類、植物など様々な生きるモノがその活動を終えていく。

 その半分は自殺、もう半分は突然死もしくは自然死。

 後者の突然死の中には生後間もない健康になんら問題のない新生児や二ヶ月三ヶ月の赤子や乳児突然死症候群の恐れのないであろう三歳児や四、五歳児までいる。中には母親のお腹にいる22週以降の子供が突然死んでしまい、死産となるという報告も多くされている。理由のわからない死産だけならば別に珍しいことではないのだが、明らかにおかしいのはその数が生物としてはありえない数であることと死んで出てきた赤子たちはみな幸福そうに笑っていたらしい。赤子たちのみならず、自殺した者は全員、恍惚したやりきったような、満足したような表情をしていたようだ。まるで、自分の人生はこれが最善だったというように。栄光の中にいるスター選手やセレブ達、何不自由のない成功者たちや王侯貴族に木端労働者や乞食までみんな穏やかな顔で死んでいく。

 ついでに聞き齧った現在の日本の死者数は恐ろしいことになっているそうだ。

 少子高齢化に追い打ちどころか死体蹴りとしか思えない。


 「知ってはいる、けど。なんでそんなことが灰宮に関わるななんて言われなきゃなんねー原因なんだ!」


 ーーー声を荒げた。俺にしては珍しく。

 自分でも驚くぐらいに感情的になった。この女の言うこと全てに、幼児のように反発したくなった。


 「酷い自己欺瞞ね。本当はなんで彼女に近づいてはいけないのか、彼女がなぜ「美の呪い」として畏れられているのかも。分かっているくせに。直感がこの惑星(ほし)のどの生物よりも霊的に優れているあなたは薄っすらと感じ取っている。けれどもそれから目を逸らしている。それはあなたの中の人間性がそうさせるの?その人間性がたとえ彼女が恐ろしい存在だったのだとしてもそれが彼女を遠ざける理由にはならないと、彼女と繋がっていたいと叫ぶの?英雄よりも英雄的な精神ね」


 「それ、は」


 あとに続く言葉は、出てこなかった。


 「兎に角、忠告はいたしました。ここから先をどうするかはあなた自身が決めなさい。――――死んでもいいのなら、ね」

 

 魔女はそのまま(きびす)を返して、一歩二歩歩いたかと思うと、幽霊のようにふっと消えた。

 

 ―――灰宮がなんとなく、常人とは異なるのだろうということは薄々感じていた。そして、自分の深層の中では彼女が人間であるはずがないとも、思っていた。


 多分、最初から。

 初めて第二美術室で出会った時からずっと、でもそれはこの地域にはありがちな異常だとも思っていた。


 たとえ学園中の人間が彼女に対して神を崇める信者のような態度で遠巻きに接しているとしても、彼女に対して狂信的な連中が近所に存在していることを知っても、それでも俺が彼女から離れなかったのは、俺がただそういう異常に耐性が、理解があるからではなく。


 俺はいつの間にか、まだ出会って間もない灰宮とのかすかな繋がりを手放すのが惜しくなっていたから。

 冬から春を超えて夏まで続いた繋がりが、俺の中で重いものになっていたから。


 『あなた自身が決めなさい』


 自分で決めるのは得意なはずなのに、今はどうしてか迷ってしまって俯くことしか、できなかった。

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