月が、見てる
彼女は運命を忌避している、あくまでも苦手で避けているのであって、決して嫌ってるわけではない。彼女にはなにか憎むだなんて弱いことできはしない。
彼女は強い。
心に決して癒えることのない傷を負うような経験をしたって多くの人が悩んだり苦しめられたりするその傷の痛みの再生でさえねじ伏せてしまえる。どんな困難に陥っても自分で考えることをやめないで行動できる。
彼女は魅力的だ。
美しさは言わずもがな。精神的な強さがあって、一人でも生きていけるはずなのになんだか力になりたいと思わせてしまうよな言葉にすることのできない抗いがたい雰囲気がある。カリスマ性、というのだろうか。かつて大国を率いた王や皇帝のどこまでも付いていきたいと思わせるものとは種類の異なる、自分の全てを捧げ尽くしたいと願わせる魔法のような魅力。ともすれば魔性が。
そんな魅力の塊で、才能の結晶で、人間が追い求める理想そのものの化身のような彼女と深いところで繋がる(他意はない)ことになった俺はというと。
特にこれといって才能はなく、強さもなく、特徴といえば時折り刀のように鋭くなる目だけで友達と呼べる存在が片手の指ほどなまさしく「凡庸な人間代表」の俺が彼女と接点を持つことになったのはこれから話すとある事件が関係している。
その事件のことを話すとなるとかなり時間がかかる。
ただ今この場でさくっと言えることがあるとするのならばこの事件のことはきっと地球人類のほとんどは知らないし、知らなくてもいいことだ。日本という国の東北地方、宮城県の片隅で起きた人類の行く末をかけた小さくて重い事件だ。
そして俺が月を目指す理由になった事件で、人生のターニングポイントだ。
――――月を見上げる。
青白く、妖しく、美しい淡いその輝きを食い入るように見つめる。
あそこに、彼女がいる。
いてくれる。
この道をゆく理由も、困難に足を止めない理由もそれだけでいい。