表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

好きにならないで


 やっと伝えた。


 表に出れた。


 これでやっとあなたに会える。


 もう少し待っていて。


 ***


 先日開催された社交界から、数日が過ぎた。


 その夜は一時的に記憶を無くし、気付けばイザベラは与えられた部屋に運ばれていた。

 踊り疲れ喉が渇き、差し出されたワインを初めて口にしてからの記憶がない。

 寝てしまったのだろうと結論付けたイザベラは、いつも通りに起き、食事をし、本を読み、シャーロットとお茶を楽しむ。

 少し休んでからお妃教育を受け、アパルとの時間を過ごす。

 湯浴みをし、軽く食事を摂り、眠りにつく。


 いつもと変わらぬ日々。


 穏やかに毎日を送り、アパルと結婚し、彼を支え、子をなして過ごしていくと。

 気持ちは不変ではないと知っているイザベラは、毎日の中で、アパルと対面する時間が待ち遠しくなっている自分の感情に気付いた。彼と話すと心が弾む。

 

 こうして()を忘れていくのだと。


 社交界の日以降、顔も合わせていない彼への想いを忘れるのは、意識していれば容易かった。

 自分の気持ちは自分の気持ち次第でいかようにもコントロールできるという事を知った。


 イザベラが自分の心の変化を受け入れようとしていた矢先、国王からお呼びが掛かった。




「何故ですか」


 拒む事は許されず、()()はもう決定事項だと告げられたイザベラは、国王と婚約者、そしてその弟に囲まれていた。


「妖精王に会うのは婚姻の日取りが決まってからと聞いております」


 アパル王太子とイザベラはまだ婚約期間を終えていない。

 また、お妃教育の一環であると言われた、妖精王に謁見する作法も教わってはいない。

 婚姻の日取りが決まり、挙式の前日に、二人で加護を授かりに行くという事までは教えてもらっていた。


「しかも何故共に行く相手がアパル王太子様でないのでしょうか」


 国王に向けて言っている訳ではないが、席の位置関係上、そういった感じに見えてしまう。

 まだ結婚お試し期間中のイザベラに発言する権限など許されていないが、疑問ばかりが頭を巡り、それを表に出さなければ消化しきれない。という事を誰でもいいから分かって欲しい。

 その場に居る誰でもいいので、答えが欲しい。


「イザベラ」

 名を呼び隣に座る婚約者が頭を下げる。

「お願いだ」

 アパルは時期国王。

 気軽にそうしていい身分ではない。

 懇願するような口調をしてはいるが、イザベラが何を言ったとて、もう発言が覆る事はないのを彼女は知っている。



「シェリールと共に精霊王に会ってきてほしい」



 彼女が執務室に呼ばれた時には既に三人が揃っていた。

 アパルのエスコートに従い椅子へ座ると、国王からそれを告げられ、そして今、婚約者の口から再び同じ言葉が吐き出された。


 何故。

 と、理由を問うても誰も教えてくれず、「婚姻の契約をしに行くのではない」とだけ王からはっきりと告げられる。

 まだ王家に加わってもいない自分が精霊王に謁見してもいいものなのだろうか。

 たった一言「問題ない」との言葉が返ってくるだけで、誰も欲しい解答を与えてはくれない。


 一体何が起きているのだろうか。


 シェリールは未だ口を噤んだまま、目を合わせてもくれないでいる。


「分かりました」


 イザベラは納得いかないまま。

 しかしそれは表に出さぬ様に言葉だけを発する。

 言い換えれば国の決定事項に対して、自分がとやかく口出そうにも覆る事はないのだから、大人しく従うほかない。

「日取りが決まったら知らせよう」

 王はそれだけ言うと立ち上がり、息子たちとその婚約者を置いて、先に部屋を後にしてしまった。

 国のトップに立つ人間が、身内の事で長い時間を割く必要はないということか。はたまた、残りは息子たちが説明してくれるということなのだろうか。

「……」

 イザベラは斜め前と隣に座る二人に交互に視線をやる。

「……」

「……」

 互いに無言を貫き、どちらかが説明してくれるという気配すらない。

 イザベラは、こんな無言の空間に身を置く必要はないと立ち上がった。

「言われた事には従いましょう。けれど、私は貴方達の道具ではありません。誰も何も言わずとも用途が決まっているカップの様に、ただ淹れて飲まれることだけを仕事としているわけではありません。自分の意思で行動し、嬉しくなる事もあれば傷付く事だってある、人間です。そういう一人一人違う心のある者たちの上に立つお方なのですから、もう少し人の機微に敏感になって頂けるといいかと思います。勿論、言えない事や隠しておきたい事があるのは承知の上ですが、婚約者という立場に置いて頂いているのであれば、もう少し私を信頼してほしいと思います。もし、それが出来ぬ様であれば、婚約を解消してくださいませ」

 それでは失礼致します。

 と、淡々と感情を込めず言葉を発したイザベラは、そのまま礼を尽くすと、二人の王子を残してその場から去って行った。


 もう二人の王子に振り回されるのは嫌だった。

 シャーロットもイザベラも、彼らに何も知らされていないところで、感情を振り回されている。

 言えない事があるのは別にいい。

 けれど、例えそうであるならば、不安を感じさせないようにしてほしい。

 ただそれだけなのに、彼らは自分たちには何も言わず替えのきく駒の様に扱う。

 ただそれが許せなかった。



「イザベラ」


 執務室を出た廊下を歩いていると、後ろから呼び止められる。

 今更何を弁解しようというのか。

 彼女は一つ息を吐き、呼ばれた方へ身体を向けた。

「どんな御用でしょうか」

 感情を乗せない平坦な声が彼女の知らない所で、呼び止めた相手の心を刺す。

「そんな事言わないでよ。俺じゃ嫌?」

 軽く吐き出された言葉にイザベラは微かに眉を顰める。

「兄上も驚いていたよ。イザベラがあんなに感情を露にするのを初めて見たって。毎日猫でも被ってから兄上と会ってるの?」

「……」

 身体の前で組んだ手にイザベラは力を込める。

 一体何を企んで追いかけて来たのか分からない人。

 そんな人の相手はしない。

 感情を抑えて暮らしていく事には慣れている。

「勿論です。わたしはアパル様の婚約者ですから、あの方が安心して国政に携われる様尽力するのが役目です」

「ふーん」

 面白味のない返答でつらまない、と言いたげな相槌。

 一方、話しながらも目の前にいる彼女は、言葉を交わす人物と頑なに目を合わせようとしてはくれない。

「もう好きになった?」

「ええ」

 肯定の返事。

「……」

 向き合ってはいるものの、イザベラは彼の瞳を捉えない。

「どんな所が?」

「想いを伝えてくれるところです。アパル様は不器用ですが、それでも感じた事や思った事を誠実に伝えて下さいます。逆にわたしのつまらない話にも耳を傾けて笑って頂けたり。何より、全てを優しく包んで下さる空気が落ち着きます。このままアパル様と暮らしていけるのであれば、しあわ」

「もういい」

 アパルの事を考えて語る彼女を見ていたくなかった彼は、言葉を遮る。

「それ以上言わなくていい」

「分かりました」

 饒舌に語っていたイザベラは発言権を取り上げられ押し黙る。

「……」

「……」

 静かな廊下は音を失い、会話が途切れても互いに去ろうとはしない。身体だけは向かい合ったまま、時だけが過ぎていく。


「もう」

 躊躇いがちに口を開いたのは彼の方。

「もう俺の事はどうでもいい?」

「いえ。そんな事はありません」

「じゃあ」

 掠れた声がイザベラの返事で少し希望を持ったものへ変わる。

「貴方はアパル様の弟君ですから」

「……」

 だが、それに続く言葉が彼の心に剣をさした。

「もうよろしいでしょうか」

 話していても感情の乗らぬ声は、もう自分に興味を持ってないという事の現れなのだろうか。

 あの日、面と向かって宣言された言葉が何度も何度も彼の胸を抉る。


『わたしはアパル様を好きになります』


 呪いの様に何度も何度も首を絞められ、本心を曝け出せない自分の()に嫌気がさす。


「イザベラ」

 

「……」


「信じてくれなくてもいい」


「……」


 彼女から応答がなくても、彼は言葉を続ける。


「でも、これだけは」


 青い瞳にイザベラだけを映し、真剣な声で声を真っ直ぐ届ける。

 一歩一歩。

 彼女に逃げられない様に恐る恐る近寄っていく。

 イザベラとの距離が、手を伸ばせば触れられるまでになったところで、彼は足を止めた。


「精霊王の元へ行き、全て片付いたら俺の話を聞いてほしい。君を避けた理由も全部話すから」


 出会った頃と変わらぬその青色は、今でも淀みのない晴れた空の様で、イザベラは視線を逸らしたくても彼の意思がそれを許してはくれない。

「イザベラ」

 彼の瞳に映る彼女の顔は赤く染まり、イザベラは肯定も否定も返事が出来ないでいる。


「だから、まだ兄さんを」


 拳を固く握り締め、自分の中に蠢く情けない感情を吐露してしまってもいいのかと。

 この続きの言葉を口にしてしまってもいいものかと問い続ける。


「兄さんを好きにならないで」




 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ