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元婚約者


 かつてこの地は精霊が支配していた。


 豊かな実り。

 青々とした自然。

 己の欲望のまま、気の向くまま、楽しそうに駆け回る生き物たち。

 

 そして訪れる理の中の生と死。




 とてつもなく長い年月を巡り巡っていた大地を、強欲な人間たちが力で奪い取った。

 

 争いはとても一方的なもので、結果、その地を人間が支配するようになる。

 失われた犠牲は膨大で、精霊王の番もその争いで命をなくした。

 

 祝福を贈る立場である精霊は、そこで初めて呪いをかける。


 自身の半身を奪った人間に対して。




「お前たちにも 我と同じ苦しみを 与えてやろう

 愛する者を失う恐怖を

 自らの手で その命を終わらせる苦しみを

 輪廻は巡る

 永久に」

 



 地響きを立てるかのようなその呪いの言葉は、人々の先頭に立って指揮を取った国王へ向けられた。


 そうして妖精王の言葉通りに、王の伴侶は亡くなった。




 その呪いは一代限りで終わる事はなく、精霊王の言葉通り、代々続いた。


 


 今やこの地は精霊王が見守る中で繁栄を続け、悪趣味な精霊王は、王家の血を継ぐ者をその目で実際に確認したがった。


 故に、その血の子を孕むであろう女の謁見も望んだ。


 呪いの存在は、王家にのみ口承された。

 しかしながら人の気持ちの内面に反応するが故に、自分が精霊王の呪いを受けたなどと自ら口にする者は少なく、時代を重ねた今となっては、本当にそんな呪いが未だ存在するのかと、疑問を呈する者も存在している。


 これは表には語られぬ、血筋の者にだけ口承される、秘匿の話。



 ***


 イザベラは、与えられた課題をサクッとこなしていまったので、残りの時間は自由に過ごしていた。


 お妃教育の為に登城していたのは、何年前になるだろう。

 またあの厳しい日々が続くのかと思って内心「ヤダなぁ」と思っていたが、身体は基本をしっかり覚えていてくれたらしい。

 出来た自分に感謝。

 イザベラは浮き足立つ気分のまま記憶の中の地図を辿って王宮図書室を目指す。

 以前もよく足を運んでいた、お気に入りの場所。

 なかなか手に入れる事の出来ない本が壁一面に敷き詰められ、彼女にとっては夢のような空間だ。

 一日閉じ込められても飽きやしない。

 むしろ、閉じ込められたい。と願う程。


 久しぶりのお城の生活の何が一番の楽しみかなんて、決まっている。


 本を一冊手に取り表紙を開く。

 場所が何処であれ、そこは一瞬で本の中の世界。

 歴史書であれば、その流れの傍観者に。

 冒険物であれば剣を持って戦い。

 恋愛物であれば、登場人物に一瞬で恋をする。

 そうやって本の世界に旅している瞬間がイザベラは好きだった。


 久しぶりに訪れた部屋前に胸が高鳴る。

 ノブに手を掛け、手前に引くと、そこは夢の世界。


「こんにちは。イザベラ様。お久しぶりです」

「あら、リン。お久しぶりね。お元気?」

「イザベラ様。こんにちは」

「お久しぶりね。サクノ。またお邪魔してもよろしいかしら」


 吸い込まれる様に踏み入れた部屋はやっぱり落ち着く。

 見知った顔がイザベラの姿を認めて、ちらほら声を掛けてきてくれるのは嬉しいことだ。

「なんだかいろいろあって、またここにお世話になることになったの。時々顔をだしてもいいかしら?迷惑になる様なことはしないから」

「毎日ではなくてですか?」

 司書の二人は楽しそうに笑う。

「ふふ。そうなるかもしれません」

 静かにしなければいけない空間で、密かなおしゃべり。

「何かお探しですか?」

 この広い空間の中を知り尽くしているスペシャリストたち。

 特に何か読みたいものがあって足を運んだ訳ではないので、しばらくは勧められたものを読むのもいいかもしれない。

「歴史書を何冊か見繕って頂いても?」

 再び、この国の国政に関わる立場になるかもしれないので、歴史を復習した方が賢明と判断して。

「承知致しました。いつもの場所で待っていて下されば、お持ちしますよ」

「ありがとう」

 イザベラはにこりと微笑むと、目についた本を一冊手に取りお気に入りの場所へ向かった。

 太陽の強い日差しが、青々と茂った木々で優しいものに代わり、天然の明かりとなる。

 窓の外から聞こえる喧騒は、その世界に集中してしまえば気にならない。庭園をのぞむ席は、時間が緩やかに過ぎてその世界に入り込みやすい。けれどイザベラはそこから少し離れた、あまり人の出入りの少ない場所がお気に入りで、図書室へ来た時はほぼそこにいる。

 なるべく音を立てぬよう椅子をひいて座る。

 少しだけ息を落とし外を見ると、遠目に騎士団が鍛錬する姿が見えた。

 そこには昨日、婚約した相手。

 アパル王太子が率先して剣を払っている。

 この国の次期国王になる人物は、人に囲まれ太陽の様に笑う。国民はきっと彼に付き従う。

 しかし三年前のイザベラは、彼と共に剣を交わす、もう一人の人物を見つめていた。


「ここに兄さんの姿でも見に来たの?」


 意識が本へ向かず、かつての光景をそこに見ていたイザベラはその声で我に返った。

「特等席だもんね」

 そう憎たらしく言い放ちながら、彼は当たり前の如くイザベラの前に座る。

「もしかして昔から兄さんの事が好きだったりして」

 言いながら頬杖をつき、掬い上げる様な視線でイザベラを見上げる。

 少し視線を彷徨わせた彼女は、何と返答しようか迷っていた。

「そうですね。それで、シェリール王子は何をされにここへ?」

「……」

 イザベラの放った言葉に、彼の瞳は一瞬だけ揺れた。


 ダメ。

 真正面から相手にしては。

 彼女はその彼の異変に気付かない振りをする。


「昔みたいにシェリーとは呼んでくれないんだね」

「そうですね」

 淡々と。

 平静に。

「もうそういう関係ではございませんので」

 この人と話すのに感情を乗せてはいけない。

「……」

 嘘を言っている訳ではないのに、自分の言葉が喉の奥をツキンと刺す。

 

 貴方の方から私を拒絶したのに。


「……」

「……」


「イザベラ様。お持ちしました」

 二人の間に漂っていた沈黙を、司書のリンが破ってくれた。

「ありがとう」

 お礼の言葉に彼女は一礼して去っていく。

 

 いつもの場所。


 そこは、かつての二人の指定席。

 

「なに?歴史書なんて読むの?」

 シェリールはつまらなそうに背表紙をなぞる。

「何か問題でも?」

「いや。何も。じゃあ……僕にも一冊貸してよ」

 まだ、了解も得ていないのに、彼は積まれた中から一冊抜き取り、立ち上がる。


「じゃあまたね……義姉さん」


 イザベラは、去っていく彼の背中を見送らず、頑なに視線を下へ落とす。


 昔は一緒に本を読んでいたのに。

 共に笑っていたあの頃。

 溢れそうになる涙は零してはいけない感情。


 一人で来る時は、ここからその姿を眺めていた。


 アパル王太子は剣を振るうのが得意で。

 シェリール王子は知識を入れるのが好きだった。


 そこでイザベラは、彼に釣り合うようになりたいと図書室へ通う内に、本の楽しさを知った。


 武術の苦手な彼が、兄のアパルに手合わせしてもらっている姿をこの場所から見れると気付いてから、ここが定位置になっていた。


 彼はそれを知らない。

 知らなくていい。


 もうわたしは貴方の婚約者ではないから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いですね。恋愛物が大好きです。
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