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向日葵の向く方


 精霊王の森から帰国してから暫くは、バタバタと時間が過ぎて行った。


 旅の最中、鏡を見ることのなかったイザベラは、自分の髪色も瞳の色も変わっている事に気付かず、城へ戻ってアパルやシェリールに指摘されて初めて知った。常にそばに居たシェリールは、その事を一言も教えてくれなかった。

 その理由を聞いてみても、「元々あった色に戻っただけだから」としか言われず、腑に落ちないながらもそれ以上の追求はやめてしまった。

 髪色が明るくなってしまった為、似合うドレスの色も変わってしまい、頭を悩ませる日々が続いていた頃。


 城への帰路でシェリールが口にしていた言葉が現実のものとなった。


 アパルとイザベラの婚約解消。

 加えて、シェリールとシャーロットの婚約解消。

 アーダ国の王子二人がそうなってしまったというのに、あまり騒ぎにならず、城内も街も何故か落ち着き払っているのが、まるで嵐の前の静けさな気がしてならない。


 イザベラとシャーロットは二人揃って執務室へ呼ばれ、既にいた、国王とその二人の王子と対面した。

 シャーロットは何か失態を犯してしまったかと涙していたが、呼ばれた時にはそれを感じさせない顔付きで部屋へ入る。

 イザベラは、というとシェリールから聞いてはいたが、まさか実現するとは、という感情の方が大きく、心の中では「もう振り回されたくない。どこか遠くに行って引き篭もりたい」と考えていた。


「イザベラも色々ご苦労であった」

 国王からの言葉にイザベラは頭を下げて応える。

「ここに集まってもらったのは、他でもない。もう伝令は行っていると思うが、ここにいる二組の婚約解消とそれに代わるそれぞれの婚約相手についてだ」

 淡々と告げられる報告に、四人はそれぞれ耳を傾ける。

 二人の王子はこれからどんな発言があるのかを知っているのだろう。二人揃って浮き足立っているような雰囲気がある。

 シャーロットは所在なさげにシェリールの隣に座り、イザベラはというと、もうそんな事などどうでも良かった。ただ、振り回すのだけは勘弁して。とだけでも伝えられたら伝えたい。

「これはもう決定事項であって、これ以降も覆ることはない」

 何故か壮大な前振りの後、国王は咳払いをした。


「アパルの婚約者にシャーロットを」

「え?」

「はい」

 何を言われたか分からないシャーロットは疑問詞を。

 対する第一王子は軽快明瞭な返事をする。

「シェリールの婚約者にイザベラを」

「はい?」

「はい」


「それぞれに契約を結び直すこととする」


 要件だけ述べた国王は前回同様、説明もせずに部屋を後にしてしまう。

 詳しくはまた息子たちから聞く様に、という事だろうか。

「あの。拒否権は?」

「勿論ないよ」

 間髪入れずに、しかもニコニコと満面の笑みを向けてくるシェリール。

「流石にこの年になってまで、俺たち二人が何年も婚約関係が続いていた事自体、おかしいと思わなくちゃ。このまま、あとお互いに数ヶ月婚約者として生活して、結婚式を挙げちゃえば、もう振り回される事もないよ」

 婚約解消されたかと思えば今度はその相手を変えてだなんて、我慢にも限度がある。

 しかし、イザベラはシャーロットの気持ちを知っていたので、大袈裟に反対する事が出来ない。

「行こうか」

 ひとまず。と、アパルが率先して椅子から立ち上がり、隣に座っていたイザベラも彼のエスコートを受けて姿勢を伸ばす。


「それにしても綺麗な色に変わったね」

 手を取りながら扉へ向かう少しの距離の間に、アパルがイザベラの髪に触れようと、空いている手を伸ばしてきた。

「まるでひまわ……」

「もう俺のだから簡単に触れないでもらってもいい?」

 イザベラに伸びたアパルの手を振り払ったシェリールは兄を睨み付けた。

「何言ってんの」

 互いにあと一歩の所で廊下に出るというのに、普段は大人の対応を見せているアパルが何故か応戦した。

「お前だって同じだろ。シャーロットを大事にしてくれってあれだけ言ってあったのに、いつもイザベラのことばかり気にして」

「しょうがないだろ。好きなんだから」

「だから、呪いを解く前は互いにそれが許される立場になかっただろ」

 勝手に始まった兄弟同士の口論に、シャーロットは見るからにあたふたし、イザベラは口を挟む。

「あの……一体どういう」

「俺たち手を組んでたの」

 シェリールの後にアパルが補足をいれる。

「シャーロットを他の男の元に嫁がせたくないから弟の婚約者にしてもらって、イザベラは俺の相手になったという訳」

「呪いが解けて隠す必要もなくなったから、元の関係に戻ったというだけなんだけども」

「だから、心配しなくても、元々これが正しい組み合わせ」

 にこり。

 と、笑って言われても受け入れられる筈もない。 


 初めから関係者以外の立ち入りを許していなかったこの部屋には四人しかおらず、この執務室内でのやり取りを知る者はいない。


 いろいろ納得できない部分はある。

 けれど、一番許せないのは、イザベラの気持ちがまだ自分に向いていると思っているシェリールだ。


 彼らの手の平で踊らされていたと分かったイザベラは、顔を歪め、先に部屋から出てしまう。


「待って」

 シェリールが彼女の背を追い掛ける。

「ずっと黙っていてごめん。けれど、嘘をついても俺の側にいて欲しかったんだ」

「私に嫌われても?」

「え?嫌い?」

 怒りにまかせてつい出てしまった一言に、シェリールが悲しい顔をする。

「ごめんなさい」

 突然の事に頭が混乱しているのは事実。

 イザベラは咄嗟に謝るも、伝える事をやめなかった。

「好きよ。あなたのこと。ずっと幼い頃からシェリール様だけでした。けれど、気持ちを自覚するたびに突き放されて。離れようと思うと力強く手を引かれて……疲れてしまいました。好きなこと」

 イザベラは素直な気持ちを言葉にする。

 好きだった。

 好きなのに、その気持ちを認められない。

 扉の向こうにいるシャーロットは、きっと素直にアパルの胸に飛び込んでいることだろう。自分の気持ちを隠さずに、アパルの婚約者だった自分に伝えた彼女の事だ。あの二人にとって、この新たな婚約関係は幸せなものになる。

 では、シェリールとイザベラの二人はどうだろう。

 こんがらがってしまった四人の想いが、一人だけまだ絡まった状態で解けないでいる。

「俺のこと、まだ好き?」

「わかりません」

 さっきは好きだと伝えた口で、今度は分からないと告げる。

「じゃあ、まだ諦めなくてもいい?」

 一度目は拒絶され、二度目は揶揄われ、三度目の今はずっと好きだったと伝えてくる。

 イザベラは彼の何を信じていいのか分からなくなっていた。

「やっとこの気持ちを殺さなくて良くなったのに、イザベラの心が離れていくのはいやだ」

 その声はとても必死で、心の奥で彼のことを好きだと叫ぶイザベラは甘い誘惑に絆されそうになってしまう。

「だから、俺の方を向いてよ」

 このまま流されてもいいのかもしれない。

「せっかく綺麗な向日葵色になったのに」

 シェリールが一歩近寄るとイザベラは一歩後退る。

「まだ咲いてる途中……でしょ」

 手を伸ばせば触れる距離にいるのに、シェリールはそれをしない。

「向日葵は満開に咲くまでの間、ずっとお日様の方を向いて動くんだって」

「え?」

「いつか言っていた。俺の事がお日様みたいだと」

 幼い頃。

 いつも俯いていた自分に顔を上げてもいいのだと、手を取ってくれたシェリールは、イザベラにとってとても眩しい存在だった。

「だから、お日様の方を向いて。ずっと俺の方だけ見ててよ」

 壁際に追い詰められ、逃げ場のなくなったイザベラ。

 囲まれてしまった訳ではないので、横から逃げ出す事なんて容易いのに、太陽に惹きつけられたまま身動きが取れない。

「お日様と向日葵なんて、最強の組み合わせじゃない?」

 イザベラは窓から差し込む光に輝くシェリールを無言で見上げる。

「ずっとずっと俺は向日葵を夢中にさせる太陽でいるから」

 必死な顔。

「もう一度俺のことを好きになって下さい」


 彼のことを諦めたくて、苦しい気持ちを捨てたくて、アパルの事を好きになるとシェリールに宣言した。


 その言葉は自身だけを傷つけていたのでなく、シェリールの心にも突き刺さっていたのか、と、イザベラは思い至る。


 どんな答えが正解なのか分からない。

 ここまでイザベラが拗れてしまったのは、今までのらりくらりと自分の気持ちを誤魔化してきたシェリールの罪だろうか。


「分かりました」

 イザベラは心を固めて呟く。

「太陽に向いて咲いてみようと思います」

 チョコレート色した彼女の瞳がシェリールを見つめる。


「だから、シェリール様も私だけを見つめていてくれると嬉しいです」

 これはつまるところ、告白、と、捉えてしてしまってもいいだろうか。

 

 そう言ってシェリールに向けるイザベラの顔は、チョコレートの様に甘く蕩けそうな笑みを浮かべていた。



ここまで読んでくださりありがとうございます。


完結しましたが、それぞれのお話も番外編として書けたらいいな、とは考えております。


評価、コメント下さる方々、いつもありがとうございます。

少しでも楽しい時間をお届けできたのなら嬉しいです。

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