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みいつけた


「もーいーよー」


 それは、今までのやり取りからは有り得ない程に能天気な声が何処からか聞こえた。


 遠くの方のそれを合図に動きはじめてもいいものか判断のつかなかったシェリールは精霊王に視線をやる。

「行ったらいいんじゃないか」

 とてもつまらなそうに言い放つ声は投げやりで、こんな馬鹿げた遊びに付き合うのが面倒くさいというのが口にせずとも伝わってする。

 動き始めたら邪魔をしてくるのではないのか?

「恋人との別れにはあと半日もないぞ」

 いつまでも動きはじめない人間に痺れをきらしてか、言い放たれた投げやりな声にシェリールはムッとする。

 まだそうと決まった訳ではない。

 しかし彼のいうように、日が沈んでからもう二時間近く経過している。

 言われて初めて焦りを覚え、シェリールは周りを見回す。

「お前が動かないとわたしも次の行動が出来ないだろう。まぁ、わたしとしてもそちらの方が好都合だが」

 チラリと視線を向けられたシェリールは負けじと睨み返してしまった。

「言われなくても見つけに行くよ」

 何処を向いても同じ木ばかりで見分けのつかないシェリールに、地の利などない。

 ひとまず声のした方へ向かってみようと足を踏み出した。


 かくれんぼといっても死角ばかりの森の中。

 幼い頃に好んでしていた遊びだ。

 不毛な挑戦を受けてしまったのかもしれない。

 森の中は隠れる場所だらけ。

 何を頼りに探し始めればいいか想像できない。

 ひとまず木々を掻き分け歩き始めたシェリールの背に精霊王が呟いた。


「あいつの遊びに付き合ってくれ。久しぶりに楽しそうな顔を見た」

 

「え?」


 初めて聞く優しいその声をシェリールは聞き間違えかと思った。


 振り返ったそこに精霊王の姿はもうない。


 シェリールは足の向くまま駆け出した。


 ***


 邪魔をしてくるのかこないのか。

 気まぐれな精霊故に、それすらも分からない。


 精霊王の棲む森と呼ばれている所以か、まるで蛍の様に仄かな光を自ら放つ小さな精霊たちが楽しそうに飛び回っている。

 木々の隙間から漏れる月明かりしか道標のないシェリールにとって、彼女たちの存在はとてもありがたかった。

「……?」

 そこで、ふ、と、彼は足を止めた。

「蛍?……精霊?」

 シェリールの知る限り後者を見れるのはイザベラだけだった。


 彼女の柔らかい手を握って広がる世界が好きだった。

 飽きるくらい見慣れた庭が、温もりに触れた瞬間、華やかに変身するのだ。

 庭で摘んだ花を手折ってプレゼントしても、白詰草で作った花冠を頭に乗せても、彼女の周りを嬉しそうに飛び回る精霊たちの姿を前にしては霞んでしまう。

 イザベラが妖精のお姫様になっている姿にいつも見惚れてしまう。

 その内、彼女にも羽根が生えて何処か遠くへ飛んでしまわないかと不安になった。

 だから、いつも少し強い力で小さな手を握ってしまって、その存在を確かめる。


 結局、離してしまったのは自分からだったが。


 足を止めた途端寄ってきた人懐こい精霊たち。

 シェリールの周りが彼女たちの力によって明るく光る。

 優しくて温かい光に包まれると、もう何も考えたくないと思考が停止する。

 諦めてしまえばいい。

 次に進めばいい。

 呪いが解けたなら、シャーロットを兄に託して今度は自分が好きになっても壊れない人を見つければいい。

 目の届かない場所にいれば、気持ちも次第に薄くなって、近くにいる人に恋をする。

 

 そうなる筈だった。


 だからその手を離した。


 見えない所にいれば、新しい記憶が雪の様に降り積り古い物など溶けて消えてしまうと。

 そうなる様に遠ざけたのに、庭園の隅に、城の長い廊下、図書室のいつもの場所に彼女の姿を探してしまう。

 記憶の中で微笑むイザベラをいつも探して過ごしていた。

 シャーロットと話していても、イザベラだったらこういう時少し不機嫌な顔をするな、とか、好きな本の話で盛り上がるのにな、とか。

 婚約者と話しているのに、常に違う人の事を想っていた。

 

 一番好きな人とは結ばれないのだから、結婚相手は誰でも同じだ。と。

 呪いが解けたらそうすればいいのではないか。


「イザベラ?」


 思考の先で、記憶の向こう側にいる彼女の姿が木々の隙間を横切った気がした。


『精霊の見える彼女だから好きになったんじゃないの?』

 イザベラの声でリダが言っていた。


 確かにきっかけはそうだった。

 余計なものを見てはいけないと両親から言われ、俯く事を覚えてしまったイザベラを見つけ、初めの内は、見たこともない精霊を見たいと何度も彼女の手に触れた。


 だが、次第にイザベラに触れる目的が変わっていた。

 手を繋いでもいいかと聞くと、顔を赤らめ恥ずかしそうに視線を晒す。そうして差し出された手は柔らかくて温かくて、少しドキドキした。

 自分の言葉で笑顔になる所をもっと見てみたかった。


 まだイザベラが婚約者になる前。

 城に呼ばれた彼女が何処にいるのか気になって城中探し回った事があった。

 走り回って、でも、城の人間には自分が何故こんなに必死になっているのか知られたくなくて、誰かとすれ違う度に平静を装った。

 何度も足を運んで探し回った筈なのに、イザベラの姿はどこにもなくて。

 半ば探すのを諦めた時に、図書館の一角でイザベラの後ろ姿を見つけた。

 背筋を伸ばしてその世界に没頭する彼女は何故か魅力的に思えた。

 初めは文字を追う真面目な表情に。

 次に笑った顔。

 顔が緩んだと気付いた途端に誰かに見られていなかったかと焦る顔も見ていて飽きず、泣くのを堪えて茶色の瞳に涙を溜める横顔にも惹きつけられた。

 声を掛ける事も忘れて、時折登城する彼女を見るためだけに図書室へ顔を出す様になった。

 イザベラがどういった事で心を動かすのか知りたくなり、同じ本を借りる様になった。

 なかなか自分から声を掛けられず、偶然を装って庭園で声を掛ける事が出来たのは、初めて言葉を交わしてから何回目の事だっただろう。


 あの時の一方的なかくれんぼと一緒だ。


 探して。

 探して。

 探して。


 精霊が見えるなんて、ただのきっかけにすぎない。

 だんだんイザベラと色んな話をしてみたくて、自ら図書室に通う様になった。


『精霊の見える彼女だから好きになったんじゃないの?』


「違う」


 シェリールは頭に浮かんだ言葉に向けて叫ぶ。


「イザベラだから好きになったんだ」


 リダに言われた言葉を振り払い、一瞬見つけたイザベラの色を捕まえに走った。


 ***


 暗がりの中、精霊たちの身体から発せられる弱い光はとても助かった。

 暗闇に目が慣れたとは言っても、周りに注意を払っていると突然目の前に現れる木に衝突しそうになる。といっても、実際何度もぶつかっているので、その度に恥ずかしさで顔を赤くする。

 言い換えれば、それだけ必死なのだ。


「イザベラ」


 彼女の姿を木々の合間に見つけ、逃すまいと彼女の手を掴んだ。


『はっずれー』


 イザベラの姿をしていた精霊は楽しそうに姿を戻し言い放つ。

 さっきから何度も何度も彼女の後ろ姿を見つけて捕まえては同じ言葉が吐かれる。

 かくれんぼというより、鬼ごっこのよう。

 精霊王が邪魔をするとはこういう事か、と、流石に何度も同じ手を食い、そんな自分に嫌気がさす。

 好きな人も見つけられないのか。と。


『イザベラは何色だ』


 イザベラの姿を解いた精霊が楽しそうに笑う。


「色?」

『あ。余計な事言っちゃダメなんだ』

『テーレ様に怒られちゃうよー』

『ヒントはここまでー』

「待って。どういうこと?」

『シェリールが知ってる色ばかり追いかけてちゃダメだよ』

「どういう」

 言いかけてシェリールは口を噤む。


 確かリダも言っていた。『彼女の色は何故親に似なかった?』のか。と。

 

 突然考え込む彼の周りを不思議そうに精霊たちが飛び回る。

「どうして優しくしてくれるの?」

 シェリールはふと聞いてみる。

 イザベラと繋がっていなくても、彼女たちの姿を見れているのが不思議で、こうして会話まで出来てしまっている。「口は動いていても何を話しているのか分からない」と言っていたイザベラが知ったら喜びそうだ。

『うーん。楽しそうだから』

『テーレ様とリダ様が』

『だから、ぼくたちも楽しいに加わるの』

『みつけてごらーん』


 笑い声が鈴の様に鳴り、早くみつけてあげて、と、小さな精霊たちが先導してくれているようだ。


 少し前まではシェリールの後ろを追っていた精霊たちが、今度は前を飛んでいる。

 視界が開けると障害物にぶつかる心配もないし、安心する。初めからこうしてくれていれば余計な傷を作る事もなかったのに、と文句の一つも言いたくなるが、もしかしたら彼女たちはシェリールの行動を見ながら自分たちがどう振る舞えばいいのか、指示を受けているのかもしれないと思いながらも、つい聞きたくなってしまった。


「君たちは精霊王が好きか?」

『すきだよー』

『大好き』

『テーレ様。ずっとずっとリダ様のこと待ってたの』

『ぼくたち、リダ様の事も好き』

『帰ってきてくれて嬉しい』


 一つ聞くとたくさんの答えが帰ってくる。


 暗くて静かな森の中。

 ひとりぼっちで鬼をしなければならないと思っていたシェリールは、彼女たちのお陰で気を紛らわせる事が出来ていた。




『イザベラは何色だ』




 同じ事を聞かれて頭の中で考える。


 彼女の中にリダが入っていたから、精霊を見る事ができた。

 では、リダが入る前のイザベラは何色?


 まるでクイズだ。


 シェリールの知っている彼女は甘くて溶けるチョコレート色。

 思い返してみると、チョコレートは元々好きではなかった。

 ただ甘ったるくていつまでも口の中に残るお菓子というだけで、好んで手に取りはしなかった。

 けれど、イザベラが甘いもの食べてる時は笑ってくれるから、口にする様になったというだけ。

 いつも寂しそうにはにかむだけなのに、お茶の時間だけは甘いお菓子で笑ってくれるから。

 笑ってくれる顔が見たくて、一緒に食べていたら好きになっていた。

 それからはまるでチョコレート中毒みたいに、イザベラの色を思い出しては口に運んでいた。




「茶色はね……色と……色を混ぜても作れるんだ」

「他にも色んな色を混ぜて、君の色を作ってごらん」


 いつだったか。

 シリウスと名乗る画家が肖像画を描きに来た事があった。

 兄のアパルと違って走り回るよりも、静かに過ごしている事が好きだったシェリールは、久しぶりに来た外部の人間に興味を持った。彼がアトリエで絵を描いている時に、魔法の様に筆を走らせるシリウスの姿をぼーっと眺めていた。

 そこで、彼は言ったのだ。


「ここに並んでいる色を使うのもいいけれど、新しい色を作ってみるのも楽しいよ。例えば、紫色は青色と赤色を混ぜると出来る。青色と黄色を混ぜると……」

「っっ緑だ」

 パレットの上で実際に色を混ぜている所を見せてくれた。

 筆でくるくる二色の色を混ぜると、違う色に変化していく。

 大人なのに子ども扱いをしないから、とても嬉しかったのを今でも覚えている。

 笑顔で筆と紙を渡されて、彼の真似をして絵を描いた。

 出来上がった物を見ると、自分の見ているものと紙に書き上がったものが似ても似つかなくて、クシャクシャっと描いてみた絵を丸めてしまう。シリウスはそんなシェリールを見て、ほんの少し淋しそうな目をしていたが、決して咎めはしなかった。

 その内、色を混ぜて新しい色を作る楽しさを覚えた。

 パレットに少しずつ絵の具を取り、混ぜて、その色で線を引く。

「あっ」

「どうした?」

 混ぜて出来た色に声を上げる。

「シリウス。黄色と赤と青色混ぜたら茶色になっちゃった」

「じゃあ、茶色を使う物は何があるかな」

「うーんと。土」

「そうだね。他には」

「木」

「それもあるね。他は?」

「わかんない」

「チョコレートは?」

「僕、あんまりすきじゃなーい」

「そう?チョコレートは薬にも使われたりするし、砂糖の入っている物は、疲れたり悲しい時に一粒食べると元気になるよ」

「でも好きじゃない。茶色もあんまり使わない」

「そっか。僕は好きだけどな。その内シェリールにも特別な色が出来るといいね」


 たった一度だけ城に来ただけだったシリウス。

 シェリールは人懐こいその放浪絵師が好きだった。

 彼との記憶が蘇り、シリウスと混色を楽しんだ事を思い出す。


 茶色を作るには。

 青と。

 黄色と。

 赤色。


 親の色が必ずしも子どもに受け継がれる訳でもないし、突然変異という事もなくはない。

 イザベラの両親は二人とも金色を持っていた。

 だから、その子も同じか、それに近い髪だと勝手に期待し、暗い色を持って産まれてきた娘に少し落胆してしまった。

 決してイザベラのせいではないというのに。である。


「……」


 シェリールは、ふ、と、思い至る。

 イザベラと再会した日。

 その廊下に飾られていた花を。


 風に揺れ、外の暖かさに花が開花し、大きく咲いていた花の色を。


『目に見えるもの全てを取り払って、あの子の全てを見つけてみて』

『姿形に惑わされちゃだめ』


 頭の中に聞いた事ない筈なのに、リダのものだと分かる声が響く。




「イザベラ」


 シェリールは木陰に隠れる花の色を見つけた。

 満開になると東の方を向き続ける太陽の花。


「みいつけた」




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