かくれんぼ
「イザベラを返して下さい」
シェリールはリダを見据えて放った。
「じゃ……」
「渡さないと言ったろう」
リダと直接話す事を良しと思わなかったテーレは、彼女が口を開いたと言うのに、それごと背後に隠してしまう。
「呪いを解いてやると言っているのだ。それで十分ではないか。リダは器ごとわたしが愛してやる。お前は安心して次の人間を探せばいい」
「やだ」
「……」
同じやり取りを飽きずに続ける男二人をリダは少し楽しそうに眺めていた。
まさかずっと想い続けていた願いが叶うとは思っていなかったから。
テーレの元へ行きたいと切望し続け、何年経ったのだろう。
精霊としての命が終わり、初めに魂が辿り着いたのは青い羽を持った蝶だった。
どこまでも続く空を飛び回り森を目指した。
生まれた場所が何処かは分からなかったが、何処へ向かえばいいのかは匂いで感じた。
花から花へ舞い続け、その暑い国を越えてなお羽を動かし続けた。飛び回る内に何度か太陽が顔を出し次第に気温が下がり始めると、羽が動かなくなり地面に落ちたまま動けなくなった。
蝶としての生は、テーレの顔を見れぬ間に終わってしまった。
次は人間だった。
青い瞳の王子様。
人間になれたから好きに動き回れると思っていたのは大きな勘違いで、常に衛兵の監視があり、ついぞ逃げ出す事が叶わなかった。
魚に生まれた時には水から出ると息苦しくなり、空飛ぶ鳥になれた時は、森の近くまで飛べたというのに力尽きた。
何度も何度も生まれる命の力を借り、テーレに会う事だけを力に生きてきた。
そうして今。
ようやく彼らの力を借りてここまで辿り着けた。
この目を通して見てきたから知っている。
この身体が誰を見て鼓動が弾み、誰の言葉で心が揺れるのか。
この器の息が止まってしまう程強い痛みを誰から受けているのかも。
自分をテーレから離したのは人間だというのに、その人間に心を寄せてしまうのは、悪い事なのだろうか。
リダは考えた。
「黙りなさい」
彼女は声を張り上げて二人を止めた。
「話を聞いて」
口論する間に進み出たリダは、テーレに視線を向けてその反応を見てからシェリールを見つめる。
「ずっと」
そして、テーレが引き止めるのも聞かずに彼の方へ進み寄る。
「ずっとこの身体を通して貴方たちの事をみてきました。わたしは、わたしを殺めた人間が憎い。けれど、それは直接貴方たちには関係がない。ただ血が続いているだけのこと。この身体を蝕む呪いを解いてあげたいと望んでしまう程、わたしは貴方たちに近付き過ぎてしまった」
「リダ」
せっかく出会えたというのに、何を言い出すのだ。
テーレが焦った様子で彼女の腕を掴む。
「わたしは彼の言う通りにしてあげたい」
「なっ……」
ずっと待ち焦がれていたリダに会え、ようやくこれから蜜月を過ごせると期待していたテーレは文字通り言葉を失う。
「テーレ。ここまで連れてきてくれたお礼をして?」
愛する者にねだる声を出され、拒否できる者など存在するのだろうか。
姿形は違うが、中身は精霊王の愛したリダだった。
負けん気が強くて情に脆い。
だから、人間に絆されてしまうのだ。
「嫌だ」
精霊王はリダから顔を背ける。
まるで駄々をこねる子どもみたいな拒否の仕方に、二人の様子を観察していたシェリールは、呆気に取られる。
「お前を殺した人間だぞ」
「彼らはもうとうに寿命でこの世にはいないでしょ」
「けれど同じ血は流れているだろう」
「でも違う人間よ」
「好きになった?」
「そうね。少し助けてあげたいと思う程には」
呪いによって闇に堕ちた精霊王にはきっと多分伝わらないかもしれない。
けれど、いつまでも憎んでばかりもいられない。
きっと終わらせる為にここまで来たのだと。
終わらせる為に、呪いと魂と血が揃った。
自分を睨みつける瞳に負けてはいけないと分かってはいても、リダの知らない黒く染まったそれは拒む事を許さぬ闇。
全てを取り込もうとするそれは、共に奈落へ堕ちようと手を取る誘惑の様であり、テーレは既に堕ちるところまで堕ちてしまっていた。
自分の為に闇と手を組んでしまったのであれば、それを掬い上げるのは、誰でもない自分の役目。
リダは彼から出てくる言葉を待った。
少しでも希望が残っているのなら。
「……分かった」
怒りを押し殺す言葉。
「呪いは解く」
「それだけ?」
テーレの発言にすかさず反応するリダに、精霊王は揺るがない。
「それだけだ」
「イザベラは?」
「じゃあ、お前の身体はどうなる。やっと会えたんだぞ」
「イザベラはどうなるの?」
「森にいればすぐお前になる」
「でも、彼女がいてくれたからここまで来れたのよ」
「だから、呪いを解くと言っているだろう」
「違う。そうじゃない。どうして分かってくれないの」
「リダこそ。お前こそどうして分かってくれない」
テーレとリダ。
シェリールと精霊王。
互いに話が纏まらず話は平行線。
「もういいっ」
幼い子どもみたいに考えを放棄したのはリダだった。
「かくれんぼしましょう」
***
「かくれんぼしましょう」
聞き間違えでなければ、リダはそう口にした。
呆気に取られるのは当然で、彼女は二人の視線を受けて笑っていた。
「逃げるのはイザベラ。追い掛けるのはシェリールよ」
「そんなの」
簡単ではないか。と言葉をぶつけようとしてくるテーレを彼女は無言で制する。
「その代わりイザベラは本来の姿のまま。貴方は彼女の本当の姿を見つけなければいけない」
「イザベラの本当の?」
「彼女が精霊を見れたのは、精霊であるわたしの魂が中に居たから。貴方がイザベラを見染めたのは精霊を見る目を持っていたからでしょ?彼女の色は何故親に似なかったと思う?」
「……」
考え込むシェリール。
「ここまでヒントを与えてしまってそれを不公平に思うなら、テーレは彼の邪魔をしてもいいわ」
楽しそうなゲームを思いついたと言わんばかりのリダは交互に2人を見る。
「タイムリミットは夜明けまで」
「分かった。やろう」
「テーレは?」
「捕まえられなければ身体ごと貰い受けるぞ」
「でも、見つけたら返してあげる」
不貞腐れた声にリダは言葉を被せる。
「交渉成立ね」
悪戯な笑みを残し、リダはその場から姿を消した。




