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 すでに日も傾き、光の入り込まない森の中は暗かった。

 イザベラが先導する道は、誰にも踏み荒らされていない道なき道で、日が沈んだら野宿をしようとしていたシェリールは、彼女の背を追うしか出来なくなっていた。

 話し掛けても前しか見えていないイザベラ。

 何故王家の人間にしか伝えられない精霊王の居場所に、迷う事なく進めるのか。


 シェリールは、先程からずっと頭を過ぎる()()考えが間違っていてくれたらいいと思っていた。


 森に近付くにつれ、普段の彼女の口調が変化してきている事には気付いていた。

 まるで、社交界の夜の様な。


 イザベラの身体(なか)には()()がいる。


 ***


 木々の間をすり抜け続け、辺りはすっかり夜になっていた。

 それに気付くのが遅くなる程、目が暗さに慣れきってしまっていた頃。

 自分たちの周りを囲っている木々たちがいきなり左右に避けた。


 突如視界が開き、煌びやかとは言えないが、目の前に現れたそれは高く聳え立っているにも関わらず、長い間人の目から逃れ続けている事が不思議になる程の存在感を放っている。

 それと同じ位目につくのは、御神木と表現するにふさわしく、堂々と座す大木。

 森の神殿と表現出来そうな建物は、それと一対になっているのか、まるで互いが支え合っているようにも見える。

 

 イザベラはその大きさに圧倒されているのか、立ち止まったまま動かない。それは後ろに続くシェリールも同じだ。

 空は小さな星が瞬き始めた暗闇。

 日差しが入り込まない森の中で、光源は何処にあるのかと探してみると、太陽の光を吸い取っていた葉たちが仄暗く光り、それは灯りを灯す電球の役割をしている。

 シェリールはイザベラを守る意志を示す為に彼女の前に立った。

 ここは呪いをかけた妖精王の棲む森だ。

 何が起きても不思議ではない。


 ーーギギギギギギギーー


 効果音が出るならそんな感じ。

 たが、蔦を張り巡らせた大きな扉は、音もなく静かに開いた。

「誰だ」

 その向こうから声と共に姿を現した黒い人影は、訪問客を、歓迎する口調ではなくそこに込めた敵意を隠しもしない。


 この男が精霊王。

 祖先に呪いをかけた存在。

 シェリールは無意識の内に彼に殺気を飛ばしていた事を自ら感じ取り、心を落ち着かせる努力をする。


 精霊王と呼ばれているのだから、もっと神々しい姿をしているのだと勘違いしていた。

 目の前に立つ人物は、彼よりもほんの少し背が高く、烏の濡れ羽色をした艶のある髪を膝裏辺りまで伸ばし、自分たちを見つめる瞳はまるで夜の闇。

「アーダ国の血筋か」

 向けられる言葉一つ一つが重くて低い。

 存在を認識されたシェリールは膝を折り、敬意を込めて頭を垂れた。

 呪いは目の前の人物によってかけられたという。

 彼にどれ程の力があるのか知らないが、自分の未来の全ては彼が握っていると言っても過言ではない。

「セジールを父に持つシェリールでございます」

「……」

 表情は見えていないにも関わらず、興味なさそうな様子だけは伺える。

「いつまでも顔を下げるな。お前の親の名など聞いても顔も知らぬ。何をしに来た」

 シェリールは精霊王の言う通り、膝を地面に付けたまま背筋を伸ばし、表を上げた。


「……」


 それは、言葉も音も何もかも飲み込まれる存在感。


 闇。


 暗く澱んだ。


 どんな色もを暗く染めてしまう程の深い深い底の色。


「呪いを」

 シェリールは自分が何者か忘れてしまいそうな感覚の中、喉からそれだけを絞り出した。


 本当に目の前にいるのは精霊王か。

 彼は飲まれそうな闇の中、考えた。

 かつてこの地を支配していたという精霊王。

 穢れなき精霊が飛び回り、悪しき者は近寄ることも許されない理想郷を創り出したという。

 

 だが、今、視界に捉える存在が、その様な桃源郷を護れていたとは到底思えない。


 それ程までの闇を全体が纏っている。


「呪いを解いてもらいに参りました」


「……」

 その言葉に微動だにしなかった精霊王の表情が少し顰められる。

「お前は何代目だ」

「私は王位にはつきません。兄は六十六代目に」

「なんだ」

 精霊王はつまらなそうに言葉を遮る。

「その兄を引きずり下ろそうという気概はないのか」

 シェリールは押し黙った。

 呪いを解きに来た筈なのに、何故そんな事まで言われなければならないのだ。

 反論したかったが、彼の機嫌を損ねてしまえば懇願は受け入れられないかもしれない。


「そこの」

 互いが互いを牽制しているかに思える無言の時間が続き、次に言葉を発したのは精霊王の方だった。

「お主の後ろの人間は誰だ」


 共に森まで来たイザベラの姿を、シェリールはわざと見つからぬ木陰に隠していた。

 もしかしたら、もう一人の存在に気付いていながら様子を見ていたのかもしれない。

 シェリールは指名された彼女の身体が反応するのを背中で感じ、顔を出さぬよう念じるが、彼女をここまで連れてきたのは他の誰でもない自分だという事に思い至る。


 道中。

 イザベラが彼女ではない誰かになってしまうと感じる事があった。森に近付く程イザベラでなくなり、恐らく今は他の誰かなのだろう。

 連れてこなければいいと後悔した。

 それでも、久しぶりに共に過ごす時間は昔に戻れた様で楽しかった。

 何より社交界で約束した事を違えるつもりは少しもない。

 だから、実の父に願い出たのだ。

 イザベラを精霊王の元に連れて行くことを。


 シェリールは彼女が陰から出てくる気配を感じ、身構えた。


 どうか何も起きないでくれと。

 心で願う事しかできない。


「……テーレ」


「……」


 背中から聞こえた声は聞き慣れたイザベラのものなのに、何故か別の人間のものに聞こえてしまう。


 イザベラはシェリールの横を素通りし、闇に引き寄せられていく。

 引き止める言葉は頭でぐるぐる回っているのに、喉でつかえてしまい出てこない。


「リダ」

 暗がりに潜んでいた彼女の姿を認めた精霊王は、高い位置から一歩踏み出す。


 それからは一瞬だった。

 

 失った半身を見つけた精霊王が、ひらりと地上に降り立ち、イザベラの身体を掻き抱く。




 シェリールは互いに強く抱きしめ合った二人の姿を黙って見つめる事しか出来なかった。



 


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