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再会




 目を合わさないようにしていたのに。

 どうしてこっちを向くの?




 イザベラは今日、アーダ国第一王子から打診のあった婚約話を受け、城に呼ばれていた。


 父親に続き、馬車から降りた瞬間。

 共に登城した父親の手が差し出されるのかと思いきや、剣を握り国を守るために鍛えられたタコだらけの男らしい手が差し出され、一瞬躊躇ってしまった。

「イザベラ?久しぶり」

「はい。お久しぶりでございます」

 差し出された手を取り、馬車を降りた後にカーツィを披露する。

「とても綺麗になったね」

「ありがとうございます。アパル王太子様もとても逞しくなられて驚きました」

「本当?格好良くなったかな」

「アパル王太子様は元々素敵でした」


 私の手をとったのは、かつてわたしが婚約していた相手の兄で、今日からわたしの婚約者になるアパル王太子。


「そうかな」

「はい」


 話をしながら自然と王太子の手が腰に回されたので、イザベラは少し彼の方に身を寄せる。

 父親はそんな娘のやり取りを横目に、先に行ってしまった。

 姿が見えなくなる程に急いでいたのか。

 馬車は指定された時間に遅れてしまう程、ゆっくり進んでいたのだろうか。

 父の姿は不思議ともう見えない。

 イザベラはどこの部屋へ案内されるのか知らされていなかったが、それはこれから同じ場所へ向かう彼に全てを委ねる。


 自然と腰に回された手。

 大きくてがっしりとした腕が互いの身体を密着させる。


 いくら婚約を受けたからとはいえ、久しぶりの対面で、これはあまりにも距離が近くないだろうか。

 例え思っても、王太子相手にやすやすと言葉にはできない。

 とても近い距離にいるのに、互いの心はここにあらずの様相で、しかし、二人とも決してそれを表には出さない。


 何年振りだろう。


 久しぶりの城は全く変わっていなかった。

 窓を開けているのか、風通しも良い。

 髪を揺らす風を感じた瞬間。

 長い廊下を走っていたのを見つかり怒られた事もあったな、と昔を思い出し、つい顔が綻んでしまう。

「何か楽しいことでも?」

 歩きを進めながらアパルが顔を覗き込む。

「いえ。なんでもありません。少し昔を思い出してしまって」

「前はよく来てたものね」

「はい」

 手入れが隅々まで行き届いており、特に今日は、来客を楽しみにしている事を伝えてくれているのか、イザベラの好きな花が、歩くたびに視界に入る。


「どれも綺麗に咲いておりますね」

「イザベラが好きだと聞いたから」

「そう……ですか」

 確かに彼と一緒にいる時に漏らした事はあった。

 けれど、それはいつのことだったか。


「兄上自らがお出迎えですか?」


 正面から掛けられた声に二人は足を止めた。


 その声に浮き足立ってしまう気持ちは、もう沈めた筈なのに、懐かしい声に大きく胸が高鳴ってしまうのは、仕方のない事なのだろうか。


 長く続く廊下。


 目の前から近付く人影に気付き、見ないようにしていたのに。

 王太子である兄に向けてなのか、それともイザベラに気付いてほしくてなのか。彼が声を掛けてくる。後者の考えはイザベラの思い上がりかな、と、すぐさま頭からその考えを振り払う。

 一方的に、あんな別れ方をされたのに、未だにその顔を見て、声を聞いただけで喉が締め付けられるように苦しくなる気持ちは、これから無くなってくれるのかしら。イザベラは下唇を少しだけ噛み締め、視線を一瞬だけ声の主へ向ける。


「それはそうだろう。いろいろあった私の婚約を受け入れてくれて、我が妻になってくれる。これから大変な事も多いだろうが受け止めてくれたのだ。例え何があろうと身を割いてでも心を沿うのは当たり前だろう」

 アパル王太子はそう言って隣にも立つイザベラのおでこにキスをおとす。

「そう……ですか」

 驚いたイザベラは、その口付けに顔をほてらせ、アパルを見上げる。そうしてもう一度、正面に視線だけを動かすと、彼はもう彼女の方を見てはいなかった。

「イザベラは久しぶりだよね」

「はい。シェリール様。お久しぶりでございます」

 アパル王太子が回していた腕を解いてくれたので、イザベラは挨拶をしてから頭を下げる。

 背が高くなった。

 眩しく金色のキラキラ輝く髪は触ってみるととても柔らかく、空の様に青い瞳は優しく笑う事を彼女は知っている。

 そうして、やっと気が付いた。

 彼の隣にいる女性の存在に。

「こちらは初めまして、かな。シェリールの婚約者のシャーロットだ」

 こんやくしゃ?

 イザベラは脳内でその単語の意味を探る。

「初めまして。シャーロット様。イザベラと申します。これからよろしくお願いしますね」

「初めましてイザベラ様。シャーロットと申します。こちらこそ仲良くしてくださいませ」

 アパル王太子の一言が、イザベラに衝撃を与えたことに、本人は想像以上に驚いていた。

 シェリールの婚約者。

 そう。

 知っている。

 噂で聞いていた。

 だが、胸を襲った動揺は決して誰にも悟られてはいけない。

 お似合いの二人。

 まるでわたしとは正反対のシャーロット。

 二人が並んでいる姿を見たくなくて、今まで見ない振りを続けてきていたのに、もうそれも許されない。

 髪はシェリールと同じ金色で、瞳は綺麗な緑色。

 それに比べてチョコレートみたいな髪色に、同じくチョコレート色した瞳のイザベラ。

 彼女は前に組んだ手の平に力を込める。

 

「そういえば、まだ王に挨拶を済ませていなかったね」


 アパルはあたかも今、それを思い出したかの様に軽く口にする。


 そう。


 ずっと気になっていた。

 喉に何か刺さったままイガイガと気持ちが悪かったが、ようやくそれが取れた。


 思い出した。


 これから向かのは恐らく貴賓室。

 そこへ行くにはこの廊下は遠回りになる。

 だというのに、何故アパルはこの廊下を選んだのだろう。

 イザベラの父と国王、王妃は早く二人がやって来るのを待っているのではないだろうか。

 イザベラは二人に礼をし、アパルに促されるまま横に付き従った。

 そうして再び腰に手を回される。


「またな」

 アパルは弟に向け、軽く別れを口にし、二人は彼らの傍らを横切る。


 その瞬間。


 誰かの手がそっとイザベラの髪に触れたような気がした。


「……」

 

 少しだけ頭が軽くなり、首筋の辺りに風が通る。

 風の悪戯。


「……」

 イザベラは背中に視線を感じながら、風が吹いたからよ……と、自分の心に言い聞かせる。


 何故彼の方から拒絶したというのに、また触れてくるのか。


 想いを通わせたと思えたあの瞬間は、もう遠い思い出になっていたというのに。


 イザベラは彼に向きかけた想いを遮断する。


 そうして振り返る事なく、アパルのエスコートに身体を委ね、その場を去った。



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