表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊だなんて聞いてない!  作者: 黒麦 わかば
2/14

しせん

「それで、どうですか、先生」

「とりあえずは、何ともなさそうなんですが」


 医師は母さんにそう告げたのだ。


あの事故からすぐに退院はしたのだが、心配性の母さんに連れられて診察を受けに来ていた。





「本当なんですか?大けがだったんですよね?もっと詳しく診てくださいよ」


 母は医師に訊くが、


「まあまあお母さん、そう焦らずに。様子を見る限り、受け答えもしっかりしてますしだい」

「そうかもしれませんが…」

「廻君、何か体に異常を感じるかな。」

「…いえ、強いて言うなら、少し痛むぐらいで。そのぐらいですかね」


 息子が言うことなら納得するだろうと思ったか、話を俺に振ってきた。

確かに退院しても問題なさそうなのは事実だ。特に困るようなことはない気がする。


「だそうですお母さん。お気持ちはお察ししますが、今は息子さんを信じてあげてください。また何かあるようなら、その時に来てもらえればいいですから」


母ははぁ、とため息をつく。まだ満足していない様子だったが、


「…はい、分かりました。先生、ありがとうございました」


と認めて、ゆっくりと頭を下げた。


「いえいえ。廻君、退院はできるけど、激しい運動は避けるように。お母さんを心配させないように」

「はい。そうします。ありがとうございました」


 めんどくさがって邪険にされているのかと。医師は思っていたよりいい人そうだ。

俺も頭を下げて診察室を後にした。


 入院期間わずか一日。

明日には俺の青春が再開できそうだ。




ーーーーーーーーーーー


 検査後、荷物を取りに俺が寝ていた病室に戻ってきた。

どこにも異常はないようで、改めて今から退院というわけだ。


 荷物をまとめていると、病室のカーテンが外からの風で揺れた。

一瞬、カーテンの隙間から綺麗なピンクが見えた気がした。


「なんだろ」


 気になってカーテンを両端に寄せて見ると、病棟の中庭に植えられた大きな桜の木が月明かりに照らされて花弁を散らしていた。


 中庭に植えられた木は、たった一本。


 それも相まって、大きな桜の木に目を奪われてしまう。


 決して、絶景などと言えないだろう。世界で最高の景色とは程遠いものかもしれない。

背景は隣の病棟で、斑に灯る部屋の明かり。


 絵にしても、歪だといわれるかもしれない。

美術とかそういうものは分からないが、何か心に来るものがある。


 ここの患者たちにエールを送っているようで。

桃色に染め上げる大木に、大きな生を感じた。


「うわあ…すっげえ…」


 言葉には上手く表せない。この病室の額縁から目が離せない。


 明日から色々と不安だった俺だが、なんだかどうでもよくなってきた。

ちっぽけな悩みだよまったく。

精一杯生きろと、そう背中を押してくれる気がした。


「やっぱり、ここから眺める桜は綺麗だ…」


 しゃがれた声は、俺の後ろから聴こえてきた。


 夢中で気が付かなかったか、振り返ってみると、点滴に管で繋がれた老人が一心に窓の外を眺めていた。


 一体いつからいたのだろう。

前にこの部屋を使っていた患者だろうか。

振り返った俺には目もくれず、老人の視線は景色を捉え続けている。


「あぁ、変わらないな…」


 懐かしみながら、目には涙を溜めていた。

ここから見る景色に、何か思い入れがあるのだろう。


「綺麗ですよね、桜」


 黙っているのも気まずくて、俺は老人に話しかけた。

迷惑だっただろうか。折角の景色を邪魔してしまっただろうか。


 ーーーーそして老人は、意外な行動に出る。


 先程まで景色だけを捉えていた目は俺へ向き、鬼気迫る表情で両肩をがしっと掴んできた。


「君は!」


 何かまずかっただろうか。


 それは傷口に響く。痛い。

「いっt」と声が漏れる。


「ああ、すまないっ、つい取り乱してしまった!」


 老人は申し訳なさそうに手を放し、一歩二歩と後退した。


「い、いや、大丈夫すよ」

「そ、そうか…」


 先とは一変して、しゃがれた声はか細く、今にも消えてしまいそうだった。


「君は、私が見えるんだな…触れることもできた…」


 急に訳の分からないことを言い出す老人。その喜ばしい表情といったら。


 何がそんなに…。


 そう考えようとしたが、老人の言った一言が俺の頭の中で大きく響いていく。

見える、触れられる。


 きっと、予感はしていただろう。老人がそう言う前に。


 それも違う。訳の分からないことじゃなかった。その言葉が示す事実は嫌でも理解していたはずだ。


 分かってしまう、気付いてしまうことを恐れていたんだ。


「うっ…」


 吐き気がする。体が震える。

体の熱が引いていくのは夜風のせいではない。


「お、おい君!大丈夫か!」


 その場で倒れこんでしまった俺に手を差し伸べる老人。

そこには善意があったが、今の萎縮した俺にそんなものは見えていない。


 差し伸べられた手の奥、()()()()()()()()()()()()()


 それは、信じていたかった妄想を現実という形にするに十分だった。


「うわあああああああああああああああ」


 自分でも考えるより先に体が動いていて。

頭より先に動いた足を必死に動かした。


 目の前に立つ老人を避けることなく、()()()()


「お、おい君!待ってくれ!君だけが頼りなんだよ!」




 老人が何か叫んでいたが、そんなこと知ったことか。

病院から家まで30分ほど、先に帰っている母の顔が見れるまで走り続けた。


 きつねとか、空飛ぶ芋虫とか、動く骸骨とか。

色々見えてしまう俺の目は、妄想じゃない。

真実だ。俺だけはそう思っている。


 しかし、この日。

()()姿()()()()()()()()()()()を見てしまったのは初めてのことで。


 未知と異様な不気味さに、不快感は増していった。




 結局、廻は一睡もすることができず。


 自分に起きた変化を、どうすることもできず。


 忘れることもできず。

闇と寒さから逃れたくて、ひたすら日の光が差してくるのを待っていた。



ーーーー出会いは、繰り返される。






 


毎日投稿だと思ってる方、違いますよ。不定期です。

罵倒(感想)、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ