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別次元の領域(2021年版)  作者: 草茅危言
第玖章 無機知性体編
96/120

第96話 肆元狼(クォータニオン)

闘技場は貸し切り状態だった。


一応、ネメシス・ダムドは、玖球(クーゲル)連合からの

外交使節の使者として、大皇(おおきみ)達のところへ

謁見に行ったらしい。観客席には、常井氏一人だけだった。


「来たか。二人とも。」


常井氏は、課題の準備とやらでかなり疲れた様子だった。


「俺達の為に時間を割いて頂いてすみません。」


「いや。気にするな。実は、今回の件は、私の研究にも

それなりに利益(メリット)があるからな。」


「それでは、課題の内容は、所長の研究の手伝いとか?」


「どちらかというと、私との模擬戦というか、いや、

私の式神との模擬戦と言った方が、より適切かも知れませんな。」


「その式神とは?」


「君達と今回対戦する式神だが、

それをこれから新たに作ることになる。」


「式神を作る?」


「より正確には、式神を合成する。その前に講義が必要だな。

特に、狗族に分類される魔獣について。」


ブルクドルフ氏の【無機知性体】に関する講義の次は、

常井氏の狗族に関する講義を聴講することになるようだ・・・。


――――――――――――――――――――――――――――――


まずは、新旧や洋の東西を問わず、神話や伝説に登場する、

「狼・犬系」の魔獣や魔物について、列挙しよう。


「ギリシャ神話に登場する、犬系の魔獣は、

頭が2つなら、双頭犬(オルトロス)

頭が3つなら、三頭犬(ケルベロス)という。

キマイラや九頭竜(ヒュドラ)とも兄弟姉妹の関係だ。」


常井氏は、黒板に以下の様に板書した。


ギリシャ神話より、

・三頭犬「Κερβερος(ケルベロス)♂」

・双頭犬「Ορθρος(オルトロス)♂」

彼らと、ライオンの頭と山羊の胴体、

毒蛇の尻尾を持つ、「Χιμαιρα(キマイラ)♀」、

9つの首を持つ大蛇「Υδρα(ヒュドラ)♀」は、

兄弟姉妹の関係にある。


常井参狼(さぶろう)の代名詞ともいうべき、三頭犬(ケルベロス)

その三つの頭は、眼と口腔内の色が、青、黄色、赤であり、

まるで、信号機のようだが、それぞれ、氷・(いかずち)・火に対応している。


常井氏は、他に

・古代中国の四凶の一つである、「渾沌(こんとん)

蒙古(モンゴル)の「蒼き狼」

を所持しているらしいが、(そもそ)も、ユーラシア大陸の

存在しないこの【術理の世界】では、恐らく、似て非なる何かだろう。


他に、異世界小説に登場頻度の高い「狼・犬系」の魔獣や魔物には、

・北欧神話のロキの子「フェンリル」/「ガルム」

・エジプト神話のオシリスとネフティスの子で、

犬またはジャッカルの頭部を持つ、「アヌビス」

・イギリスの伝承の「グリム」/「ヘルハウンド」

・悪魔の「マルコシアス」

等が挙げられる。


「さて、ここに諸君が持つ、二体の魔獣が加わるわけだが・・・。」


・アイヌの「ホロケウカムイ」:弓削青年の式神

・フランスの「ジェヴォーダンの獣」:郡山青年の式神


そう言って、常井氏は、黒板に以下の様に板書した。


・黒:「渾沌(こんとん)

・青:「蒼き狼」

・白:「ホロケウカムイ」

・赤:「ジェヴォーダンの獣」


「古代日本には、黒青白赤の四色しか、名称が無かった。

黒は『暗い』、青は『淡い』、白は『(しる)し』、赤は『明るい』

に由来するという。そして、この様に、その四色に対して、

狼・犬系の四体の魔獣が対応している。陰陽の導きを感じないかね?」


少し、無理矢理感があるが、確かに偶然四色揃ったな。


「諸君も御存知の古代中国の四神(スーシン)と比較してみよう。」


常井氏の板書は、続く。


・玄武、方位:北、季節:冬、色:黒、五行:水

・青龍、方位:東、季節:春、色:青、五行:木

・白虎、方位:西、季節:秋、色:白、五行:金

・朱雀、方位:南、季節:夏、色:赤、五行:火


「五行説では、中央に黄竜を配置し、土を司る。

四霊であれば、霊亀、応竜、麒麟、鳳凰が対応している。

これらは、北狄(ほくてき)東夷(とうい)西戎(せいじゅう)、南蛮といった、

外敵に対する守護の役割を担っていた。

要するに、中華思想だな。」


――――――――――――――――――――――――――――――


「ところで、君達はあまり犬や狼が好きではないようだが・・・。」


「小学生の頃、目の前で同級生が噛まれたのを見たので。」


「テレビのニュースで、狂犬病の犬に噛まれた人が死んだとか。」


「自宅の前に糞を放置されたこともありましたね。」


「俺は、吠えられた時、『うるせぇ!』って足踏みしたら、

犬がビビって、後退りしたわ。飼い主が急いで連れてったけど、

あれは躾がなってないな。」


郡山青年と弓削青年の犬嫌いっぷりには、

常井氏も若干ドン引きの模様である。


「・・・。では、君達の式神、ホロケウカムイとジェヴォーダンの獣を

私に譲ってくれと言ったら、可能かね?」


「式神の譲渡って可能なんですか?」


魔道具(マジックアイテム)の【使用許諾(アンロック)】ほど

簡単ではないが、色々と方法はあるぞ。

特に、狗族の場合は、群を作るからな。」


「でも先生、趣味とはいえ、多頭飼いは大変だよ?」


「多頭飼いが趣味ちゃうわ!どちらかというと、

私もあまり犬が好きな方ではないが、

まぁ、式神の場合、型紙に封じておけばいい。」


「でもいずれ、表の世界の日本に戻ったら・・・。」


「安心し(たま)え。魔素がない世界では、召喚できないし、

(そもそ)も、固有空間に収納したら取り出しさえ

出来ないから、盗難の心配もあるまい。」


というわけで、ホロケウカムイとジェヴォーダンの獣は、

常井氏に譲渡することになった。常井氏はホクホク顔だ。

さしずめ、先述の利益(メリット)とはこれのことだったのだろうな。


――――――――――――――――――――――――――――――


「では早速、私の式神との模擬戦を始めようか。

まずは、君達にはこいつらと闘って貰おうか。

出でよ。【渾沌(こんとん)】、【蒼き狼】。」


黒と青の狗族の魔獣が顕現する。


「「テオブロミンを経口投与!!」」


【葬送の双槍】の先端が空間を穿ち、その狭間から、

逆さになった緑のフラスコが現れ、その中から、

焦茶色の濁流が放たれる。


同時に、【祟りの凶杖】の化合物を生成する術が発動し、

その先端から、同様の焦茶色の濁流が放たれる。


これらを浴びた、黒と青の狗族の魔獣は、

目を回して、痙攣し、のたうち回っている。


「狗族と対峙した際の対処法に関しては、

既に二人とも、自家薬籠中のものとしているようだな。」


子供の頃は、放し飼いの犬とかもいて恐怖だったが、

ブラックチョコレートの板チョコ一枚が致死量という

話を聞いてからは、ただ恐怖するだけの相手ではなくなった。


――――――――――――――――――――――――――――――


常井氏は、戦闘不能となった黒と青の

二体の狗族の魔獣を型紙に戻し、

二枚の型紙を重ね合わせて、呪詛を詠唱する。


「黒と青。その二体を束ね、顕現せよ、【双頭犬(オルトロス)】!!」


渾沌(こんとん)】と【蒼き狼】、黒と青の狗族の魔獣を

合成した魔獣として、【双頭犬(オルトロス)】が顕現する。


「さァ、ここからが本番だ。二人の連携を見せてくれ(たま)え。」


二人の青年は左右に分かれ、【双頭犬(オルトロス)】の二つの頭が

それを追おうとしたが、今度は体は一つである。


仕方なく、二つの頭は、口から緑色の火炎放射を放つ。

常井氏の魔力色(オーラ)である、緑色の火炎を。

即ち、それは、常井氏の魔力を消費していることを意味した。


炎色反応で、黄緑色はバリウム、青緑色は銅、

と高校化学では教わるが、()し、バリウムならば、

水と激しく反応するだろう。「第3類危険物」の

「自然発火性物質および禁水性物質」であり、石油中に保存する。


魔導科学においては、【一酸化二水素ジヒドロゲンモノオキシド】は、

水を生成する魔導科学の奥義であるが、

上記の理由により、使用できまい。


本物のバリウムを燃やしているのなら、燃えている粉末が飛散する

可能性も(かんが)みて、乾燥砂等で窒息消火だろうが、

この【術理の世界】では、魔素を燃やしているので、

ネメシス・ダムドの様に、音属性で消火するか、

或いは、氷属性の魔術の奥義【極低温の瘴気(クライオ)】で、

引火点を下回る温度にして、熱源を消去する、冷却消火か。


「「【極低温の瘴気(クライオ)】!!」」


左右から同時に、極属性とも呼ばれる、氷属性の奥義を放つ。

【アンダの誓い】の刻印術により、殆ど時間差はなく連携でき、

【両面宿儺】の加護により、連携攻撃の威力が上昇する。


常井氏には、その展開は読めている。常井氏と思念を

共有している、【双頭犬(オルトロス)】の二つの頭は、

左右それぞれに、(いかずち)属性を帯びた、緑色の稲妻を放つ。


だが、二人の青年は、更にその先を読んでいた。

紫炎と青白い炎が、それぞれを覆う鎧となって、

緑色の稲妻をも防ぐ。


「「【側撃雷(ガルバノ)】」」


そして、テスラコイルの放電の様な、紫電と青白い稲妻が、

側撃雷となって、極低温下の【双頭犬(オルトロス)】を襲う。


やがて、【双頭犬(オルトロス)】も力尽き、

魔素となって、型紙へと戻っていった。


――――――――――――――――――――――――――――――


常井氏は、恐懼(きょうく)した。完璧な連携といい、

自身の作戦の先を読む頭脳といい、

この二人との闘いは、かつて模擬戦をした際、

全く歯が立たなかった、双子の兄達を彷彿とさせる。


「驚いたな。ここまで強くなるとは・・・。」


双頭犬(オルトロス)】が闘っている間に、

完成させる(はず)だった魔法陣は、

まだ描き終わっていない。


「仕方ない。君達には問題が少し簡単過ぎたようだな。

こちらも少し本気を出すか。難易度を上げてやろう。」


常井氏は、自身の代名詞である式神を召喚することにした。


「我が参狼(さぶろう)の名の下に、

出でよ、【三頭犬(ケルベロス)】!!!」


三つの頭を持つ狗族の魔獣は、各々の眼と口腔内の色が、

信号機の様に、青、黄色、赤であり、それぞれ、

氷・(いかずち)・火という三すくみの属性に対応する。


「君達は、我が式神相手に何分保つかな?

或いは、我が式神が、君達相手に何分の

時間稼ぎが出来るか、という可能性もあるが・・・。

次の舞台(ステージ)の準備が完了するまでの間、

本気で死合い(たま)え。」


二人の青年と【三頭犬(ケルベロス)】は互角に渡り合い、

10分程度が経過した頃であろうか。


「両者そこまで。」


常井氏が、魔法陣を描き終えて、

次の舞台(ステージ)の準備が完了した。


――――――――――――――――――――――――――――――


常井氏は、再び黒板に板書を始めた。


「先程の講義の続きをしよう。

頭が2つなら、双頭犬(オルトロス)

頭が3つなら、三頭犬(ケルベロス)だった。

では、ここで問題だが、頭が4つの狗族の魔獣には、

どのような名前が相応(ふさわ)しいと思うかね?」


「ギリシャ神話にそんな怪物いたっけ?」


「有機化合物の命名法なら、モノ、ジ、トリ、

テトラ、・・・っていう感じになると思うけど・・・。」


「ふむ。二人とも着眼点は決して悪くはないぞ。

確かに、ギリシャ神話にそんな怪物がいたという話は

聞いたこともないし、それなら、有機化合物の命名法を

使うなどして、命名(ネーミング)するのも妥当だな。」


常井氏は、生成した魔法陣の上下左右、東西南北の

地図の上側、北を示す位置に、玄武の代わりに、

渾沌(こんとん)】の型紙を置き、地図の右側、

東を示す位置に、青龍の代わりに、【蒼き狼】の型紙を置く。


「私の講義では、物理学に応用する数学、

物理数学の中でも、特に汎用性が高い、

Γ(ガンマ)関数、ベルヌーイ数、パウリ行列の

3つとそれらの応用に関しては、必修にしている。」


地図の左側、西を示す位置に、白虎の代わりに、

【ホロケウカムイ】の型紙を置き、

地図の下側、南を示す位置に、朱雀の代わりに、

【ジェヴォーダンの獣】の型紙を置く。


「講義の中で、パウリ行列と四元数(クォータニオン)

群論的には同じ構造をしている、ということは

何度も述べているが、実は、この世界には、

その名を冠する【無機知性体】が存在しているのだよ。

さァ、降臨せよ。【肆元狼(クォータニオン)】!!!!」

続きは来年の予定。

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